言語の障害と
その援助を考える

-言語習得のつまづきと言語喪失・再習得への取りくみ-

飯高 京子



言語学副専攻では、すでにできあがった成人の言語体系について学ぶ科目が大半です。ここで子どもが言語を習得する過程でつまづいたり、成人になってからそれまで使っていた言語を失う場合にどのような問題があるのか、またそのような人々への援助の概略について以下に紹介します。


1.言語障害の主症状による分類

  1.1 子どもの場合

聴覚障害による言語発達の遅れ(delayed language development due to hearing disorder)

発音(構音)の誤りや習得の遅れ(articulation disorder)

口唇・口蓋裂などによる言語障害(cleft lip & cleft palate speech)

脳性まひなどの運動性言語障害(cerebral palsy & other motoric speech disorder)*

言語発達遅滞(自閉症・精神遅滞を含む)(delayed language development)

学習障害(learning disorder)

吃音(stuttering)*


  1.2 成人の場合

中途失聴*・老人性難聴(hearing disorders in adults)

失語症(失読・失書・失行・失認も含む)(aphasia, alexia, agraphia, apraxia, agnosia)

痴呆症(dementia)

頭部外傷による言語障害(traumatic brain injury)*

運動障害性構音障害(嚥下障害を含む)(dysarthria, dysphasia)*

音声障害*・無喉頭スピ−チ (voice disorder, alaryngeal speech)

  注:*印は小児・成人の両方にみられるもの


2. 子どもの言語障害

子どもは世界のどの社会に生まれても、約1歳で歩き始め、それに続いて話すようになります。まったく当たり前のことのようですが、これはヒトの中枢神経系に組み込まれた遺伝プログラムによるのです。順調に母胎内で10ヶ月を過ごした赤ん坊が、狭い産道を無事通過して誕生します。そして、大した病気もせずに成長し、言語を習得します。これは、実に素晴らしいことです。なぜならこの発達過程のどこかで何らかのミスが生じれば、これからのべるさまざまな言語発達の遅れや障害がもたらされるからです。一方、子どもの脳はまだ柔軟であり、その機能分担が固定化されていないので、その障害は成人の場合ほど明らかではありません。周囲からの適切な援助と働きかけによって、それなりに成長する可能性があるからです。


  2.1 聴覚障害による言語発達遅滞
  (delayed language development due to hearing disorder

聴覚は(1)情報の取り入れ口であり、(2)周囲の人々や環境とのつながりを可能とします。乳児期にはまだ、ことばではなく顔の表情、視線、身体接触などによって母親と交流しますが、声は相手の注意をうながし、喜びや悲しみの感情を伝える大切な役割をします。ことばは、母親との交流場面においてくり返し話され、場面や状況と結びつけて理解されていきます。きこえないまま経験を重ねても、そこで話されることばの意味を把握することは難しいのです。健聴な両親は自分自身は聞こえるので聴覚障害のある乳児とのコミュニケ−ションは得意ではありません。また、聴覚障害児の中では言語を習得するための基礎となる概念が育ちにくいので、言語を使う思考力の発達も遅れがちです。発音の習得も遅れます。 以上の理由から、聴覚障害児を早く発見し必要な成長への手助けをする必要があります。 聴覚障害幼児とのコミュニケ−ションをはかるためには、聞こえの損失ををおぎなう補聴器の装用だけでなく、視覚情報を活用して意味を理解する手話もひろく使用されるようになりました。同時に、手話を言語として体系化する研究もすすめられています。


  2.2 発音(構音)の誤りや習得の遅れ(articulation disorder)

乳児は離乳食を始める生後6ヶ月頃から唇、舌、のどなどを使ってさまざまな音を出すようになり、耳でたしかめながら周囲の大人が使用する音やその抑揚を模倣し始めます。この時期の音(喃語)は世界中の乳児に共通するといわれますが、3歳近くなるとその言語社会の音をそれらしく使い始め、一番難しい/r/ や /s/音も就学時頃にほぼ習得します。その経過で、聞こえに問題がある、注意して聴き模倣する力が弱い、風邪を引くとすぐに喉の奥がはれやすい、周囲の大人がやや異なる話し方をする、下に生まれた妹や弟と競って赤ちゃんことばを使い続けるなど、さまざまな理由から学齢期に近づいてもまだ発音が未熟であったり、誤って習得された場合をさします。子ども自身が修正できる限界を過ぎた場合には、親が言い直しをさせるとマイナスとなりやすく、専門家による個別指導が必要です。


  2.3 口唇・口蓋裂などによる言語障害
  (cleft lip & cleft palate speech)

母親の妊娠初期(約8週まで)に代謝障害などの異常があると唇や口蓋(口腔の天井部分)の形成が不完全で裂を残したまま生まれる場合があります。唇をとじることができないと乳児は乳首を吸えないので、生後間もなく唇をとじる手術をします。一方、口蓋は上顎の成長を待って数年後に手術をする場合が多いです。

口蓋に裂があると食事面の不自由さの他に発音が鼻にかかったり、喉の奥を詰まらせたようなひずみ音がみられます。何故なら私たちが話す音(おん)は、すべて口腔、鼻腔または咽頭を共鳴腔としいるからです。例えば、フル−トのような管楽器やヴァイオリンのような弦楽器に、もし、ひびが入ったらその音色はひずむでしょう。同様に口蓋裂があると、鼻腔、口腔、咽頭の3つの共鳴腔がうまく調和できず、ひずんだ音となります。さらに口腔から中耳につながる耳管がきちんと閉じていないと食べ物やばい菌が中耳へ入って炎症を起こし、聴力障害になる場合もあります(図1)。口唇・口蓋裂は外見上の特徴が明らかに異なり目立ちやすいので、友達に不審がられたりからかわれる場合もあります。親や本人に対する心理面での配慮や援助も必要です。


  2.4 脳性まひなどの運動性言語障害
  (cerebral palsy & other motoric speech disorder)

脳性まひは、胎内あるいは出産途上の事故などにより、主に運動神経の障害をもって生まれ、肢体不自由と発声・発語器官のまひなどがあります。幼児期以降、あるいは成人になってから原因不明の神経難病により運動神経系が犯された場合にも同じく発声・発語器官のまひがみられ、発語も困難となり、後には人工呼吸器をつけなければな生きていけなくなる例もあります。

脳性まひの症状は多様で、発声・発語の困難だけではなく、日常の食事・身辺のケアの問題、肢体不自由のため経験不足からくる語彙の意味習得の遅れが問題となります。聴覚、視覚や触覚などの感覚障害やてんかん発作を伴う場合や、精神発達遅滞をあわせもつ例もあります。このような重複障害に対しては医療・福祉・教育領域の専門家チ−ムの取り組みが必要です。また、音声での会話ができない人や、手もまひして字が書けない制約を補うため、呼気やまばたきなどによってコンピュ−タを操作するリハビリテ−ション工学機器の開発も、現在は活発です。


  2.5 言語発達遅滞(delayed language development)

言語表出だけではなく、理解面での遅れを示す子どもたちを総称した呼び名ですが、前出の脳性まひ、聴覚障害など身体的障害の明らかな例は含めません。その中には乳児期から人への関心が弱く、おうむ返しやコマ−シャルの模倣はできても人とのかかわりが苦手な自閉症児や、人への関心があり動作模倣は得意だが、話しを聴いて理解することは苦手で、不明瞭な話し方のダウン症児も含ます。 自閉症児は人とのかかわり方が下手で、時計やコマ−シャルに固執したり奇妙にみえる行動をくり返すことも多いです。話しが通じなくてかんしゃくを起こしたり、奇声を発して走りまわるなどの動きを問題行動として厳しく注意し、かえって大人の注意を惹く手段として習慣化させてしまう場合もあります。専門家の適切な助言が必要です。また自閉症児は長い文で話せても、抑揚に乏しく、機械人間のような印象を与えます。突然、その場の話題とは無関係な内容を話し始める例も多くあり、発音や統語よりは語用の問題が大きいです。一方、ダウン症児やその他の発達遅滞児では、場面の理解はある程度できても、使える語彙数が少なく発話も不明瞭なので、全体のスピ−チパタ−ンや、単語の一部である語頭音や語尾音から、何を伝えたいのかを受け手が推測しなければなりません。そのためには、健常な子どもの抑揚やリズムの習得過程について、基礎的研究の必要性があげられます。同時に、ジェスチャ−やサイン言語の利用は、話しことばの限られた成人の言語障害者にたいしても必要な研究課題です。

図2は絵画シンボルを用いたコミュニケ−ション内容の一例です。以上のように言語発達遅滞児に対する診断と指導は、障害の種類と発達段階によっても大きく異なるので、その取り組みには言語学的な観点に加え、医学、心理学、教育学・社会学などの幅広い背景が必要とされます。




  2.6 学習障害(learning disability)

知的発達に関してはさほどの遅れがみられないのに、特定の学習科目、算数や読み書きにつまづきのある児童を学習障害児と呼びます。前出の言語発達遅滞児が学齢期になると、学習課題へ集中できず、学校生活に不適応を起こす例も多いです。

言語面の特徴は、発音や統語上の問題ではなく、場面に無関係、あるいは不適切な話しを突然に始める語用の問題が大きいです。これは、先にのべた言語発達遅滞児の語用論の問題と同様です。彼らはこれまで「行儀が悪い」とか、「頭が悪い」とみられがちでした。最近、彼らの問題は中枢神経系の発達不全によるのではないかと考えられるようになりました。学習障害児にたいする指導法の研究はまだ十分ではなく、多領域の専門家の取り組みが是非とも必要です。


  2.7 吃音(stuttering)

吃音は古く紀元前からその存在が報告されていますが、いまだにその原因と治療法について決定的なものはありません。3歳前後の子どもは話したいことがたくさんあっても、まだ話す能力を十分に獲得していないので、ことばにつかえたり、語頭音をくりかえしたり引きのばす例は決して珍しくありません。その時期を無事に乗り越えてしまう子どもと、そのような話し方を訂正されたり笑われて、ますます吃るようになる子どもがあり、個体差や環境要因などについての研究がすすめられてきました。現在では、ことばを支配する中枢神経系の機能不全説が注目されています。一方、吃音を学習された言語行動としてとらえ、学習された行動を修正しようとの試みもかなりの成果を得ています。また、吃音者とその友人が相互理解を深め、これを「ひとつの生き方」として受けとめ、吃を恥じたり避けたりしないで、明るくおおらかに「どもろう」と、お互いに支え合う社会人中心の組織「言友会」は、国際的にも国内にも大きなひろがりを見せています。


3.成人の場合の言語障害

成人の言語障害は小児の場合と異なり、一旦言語を習得した後に、病気や事故などにより言語機能の一部または大半を失う場合をさします。それは単に言語の喪失にとどまらず、社会人として活躍してきた場を失うことを意味します。多くの場合、退院してもまひが残り、歩行が不自由で利き手も使えません。混乱、失望、あせり、不安を抱えている本人とその家族にとって、言語障害は大きな壁の一部なのです。

しかし、言語さえ回復すれば、過去の自分を取り戻すことができようとの大きな期待もあり、そのような背景をふまえて言語の問題を考えなければなりません。

  3.1 中途失聴・老人性難聴(hearing disorders in adults)

例えば、事故や聴覚神経を犯す薬品を長期間投与された場合、または飛行場や工場、建築現場などで大きな音に絶えずさらされる場合に聴力の低下が起きやすいです。言葉を一旦獲得した後なので、話しことばが大きく崩れることはありません。しかし日常生活での意志疎通がうまくいかず、自分自身の発話を聞いて修正できないため、歯切れの悪い発音になってしまったり音量の調整が難しくなります。高齢化による難聴の場合は聴力の衰えが徐々に起こるので、本人は難聴の自覚が遅れ、テレビの音量を非常に大きくしたり、電話の聞き間違えなどで誤解を生じ、家族が困ってしまう場合もあります。しかし、高齢による難聴の場合には聴覚神経がだんだん駄目になるので、補聴器をつけただけでは、話しを聞き取る能力はそれほど改善しません。さらに補聴器は環境音すべてを大きくするので、食器を洗う音、ドアのしまる音などが一度に大きく聞こえてとても疲れてしまい、耐えられない人も多いです。その人の聴力損失の特性にあわせて低音をあまり大きくしないように抑える補聴器も開発されています。眼鏡をあつらえると同じように、丁寧に聴力を検査してから補聴器を選ぶことが大切です。同時に、難聴者や高齢者が、家族や友人の会話から取り残されて孤立していく状態を察して、話題のポイントを紙に書いて示してあげるなどの配慮も大切です。 


  3.2 失語症(失読・失書・失行・失認、計算障害を含む)
    aphasia(alexia, agraphia, apraxia, agnosia, acalculia)

私たちが何気なく日常生活の中で会話を交わしたり、テレビや新聞から情報を得たり、手紙を書いたり、買い物ができるのは私たちの大脳にある言語の中枢のはたらきによります。大脳は左脳(左半球)と右脳(右半球)からなっており、左脳は主に言語機能を、右脳は空間的な機能を扱うとされています。言語機能を扱う言語野は右利きの人では99%左脳にありますが、左利きや両手利きの人の30〜40%は右脳の損傷でも失語症になると報告されています。

言語野は図3に示ように左半球の広い領域にあり、それらの領域のどこかに損傷が起きると、さまざまな言語機能も障害されます。失語症は脳卒中、交通事故などの頭部外傷、脳腫瘍、感染症などによって起こされますが、わが国では90%程度は脳卒中が原因です。失語症者の発話面での特徴は、ことばが想い出せない「喚語困難」話しことばがスム−ズに出ない「非流暢性発話」、理解をともなわずになめらかに話す「流暢性発話」、ことばの音をを間違える「音韻性錯語」(例:クスリ(薬)をククリ、スクリ)、ツクエ(机)の代わりにイス(椅子)と言ってしまう「語性錯語」、わけのわからない音系列を口走る「ジャ−ゴン」(例:新聞 シン、シンデンデン、デンブン、デブン、デボン)や、語と語をつなぐ際の「文法の障害」があります。これには電報文のように助詞、助動詞の脱落や動詞などの活用の誤りである「失文法」と、文中の動作主や対象を誤る「錯文法」(例:ご飯が食べる、ペンを書く)がみられます。

理解面での障害はさまざまです。聴力は悪くないのに、言語音を聞き取れない場合や、「リンゴ」ときいてそれが食べ物であることはおぼろげに理解できる場合があります。「読み」の障害では、音読の障害と意味理解の障害にわけられます。音読はできても意味が理解できない場合や音読できないが意味は理解できる場 合などもあります。日本語では 仮名(単独で意味を伝えない表音文字)と漢字(単独で意味をもつ表意文字)を使用し、単語によってその読み方が異なります(例:母親と母国;内側と内面)。この特性を利用して聴くだけでは理解できない失語症者には漢字単語を含む文を書き示すと理解されやすいです。失語症者は大半が右利きです。利き手がまひして書けない場合には左手で書くことやワ−プロの操作を練習して、再び表現手段を再獲得する人がいます。また、描画によって自分の経験や思いを伝える人もいます。

図4(右上)は全く発話のない失語症者の絵による叙述です。海外の全失語症者の描画例ですが、その場の雰囲気が伝わってくるでしょう。一方、描画もむずかしいが、身振りや指さしなどを使って相手に伝える人の例もあります。

「失行症」は、日常無意識にする行為(例:手を口許へ持っていく)でも、「指で口にさわって」と言われ意識すると、途端にその行為ができなくなる状態です。「計算困難」では買い物ができなくなったり、電車の切符が買えず、生活行動が狭められます。このように、一口に失語症といってもその障害の内容は実にさまざまであり、本人や家族にとっては言語を含む生活全般の再適応が課題となります。


  3.3 痴呆症(dementia)

米国の元大統領レ−ガンが「アルツハイマ−病」になったことを自ら報告した記事を憶えている読者もいるでしょう。この病気は痴呆症の約50%にみられます。女性の高齢者は男性より2〜3倍多く発病しますが、原因はまだ不明です。最初は物忘れが目立ち、筋道を立てて考えることができなくなり、判断力が低下します。徐々にコミュニケ−ションの問題があらわれ、徘徊や失禁も出て、やがて知的障害が重くなり感染病などで死亡しやすいです。初期には名前を思い出せない失名詞がみられ、話しの流れを憶えていないと続けられない会話や抽象的なことばの理解が困難となります。発音(構音)や文を表現する能力(統語面)は比較的後期まで保たれますが、話題が飛躍したり同じテ−マのくりかえしが多くなります。情緒面での不安定さもみられる。「脳血管障害」は痴呆症の約20%をしめ、失語症や失行症状を示したり、構音器官(唇、舌、喉など)の筋力低下や嚥下障害をともないます。介護する家族にとっては大変であり、精神的にも生活面でも援助が必要です。


  3.4頭部外傷(traumatic brain injury)

交通事故、転落、打撲などは、若い年齢層にでも起こりうる症状です。もし、生き延びることができても、脳への外傷の部位とその程度により、身体面、認知面、言語面での障害が残ります。記憶や注意を集中させ、それを持続させることが困難になりやすいです。構音障害(発音)もみられます。一般に自発話は文として意味が整っていますが、会話中に言外の情報をくみ取ったり、隠された意味を理解することがむずかしくなります(例:「結構です」との発言は、実は「もう、いい加減にしてくれ」との意味もありますが、そのニュアンスは相手の表情、語調、場面状況などで推測する他ありません)。一方、事物の形を認識する視覚認知力にも問題がみれれ、文字が読めず、書字の誤りも多いです。失語症者とは異なるアプロ−チが必要とされます。


  3.5運動障害性構音障害(dysarthria, dysphasia)

この障害は実際の発声や発語運動にかかわる神経や筋の病気によって起こる話しことばの異常です。病気の種類には脳血管性、各種の変性疾患、腫瘍、炎症、神経筋の接合部や筋自体の病気などがあります。よく知られたものにパ−キンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、仮性球まひ、小脳疾患などがあります。舌や唇、口蓋、喉など、音を産生する器官がまひして、正常な構音ができなくなる状態です。同時に肺から口腔へ流れる筈の空気が鼻腔へもれて鼻声になったり、声帯での振動がうまく調節されないので、がらがら声、あるいはかすれ声や、ふるえ声になります。話している途中で不自然に途切れたりします。また、抑揚に乏しい一本調子になります。食べ物や飲み物を呑み込む働きも弱くなり、むせるようになりがちです。唾液のコントロ−ルもうまくいきません。当然、発話は聞き取りにくくなります。

一方、意識はしっかりして、伝えたい意欲は強いです。本人にとっては実に辛い状態です。特にALSの場合、病状が進むと自分で呼吸もできなくなり、喉を切開して人工呼吸器をつけなければ生きていけません。なんとかしてコミュニケ−ションをはからねばなりません。相手が返答しやすいように質問を考えて「はい」、「いいえ」で応答してもらったり、コミュニケ−ション用の透明なプラスチック板に50音や簡単なことばを記入し、目線によってその文字を確認し、本人が伝えたい単語を推測してその内容を知ります。気が遠くなるほどの根気が必要です。また、比較的最後まで残されるのは、まばたきです。そこで、まばたきによって光センサ−を操作し、ワ−プロでの作文を可能にします。一行の文を打つのに数十分かかっても自己表現ができることは喜びがあります。しかし、そのまばたきする筋力が失われたらどうなるのか。これは、家族と言語聴覚士の共通の悩みです。


  3.6 音声障害(voice disorder)

音声はメッセ−ジを伝えるだけでなく、感情、年齢、性別、文化・社会的背景をあらわします。音声の障害はその人のおかれている社会的な基準から明らかに逸脱している場合と判断されます。音声の障害には喉頭の病気などによる「器質的要因」と、誤った発声法や心理的背景による「機能的要因」があります。「器質的要因」は、喉頭組織の浮腫や炎症、喉頭のまひや外傷、腫瘍や癌、あるいは喉頭癌摘出後の無喉頭音声などがあります。「機能的要因」としては、声の乱用(その結果として声帯に結節やポリ−プが出来る)、心理的要因による失声症、ピッチの障害、変声期を過ぎても異常に高い発声や裏声による発声、過緊張発声などがあります。

音声障害はもちろん医学的な診察が必要ですが、聴覚印象に基づく評価では母音を数秒間持続させて発声したときの状態や、会話時の声を対象とします。その際、声の「大きさ」とその変動、「高さの程度」とその変動、粗ぞう性(がらがら声)、気息性(かすれ声)、無力性、あるいは努力性などを特徴づける「声質」、話し声が続かない「持続」や、他にふるえ声、二重声などが評価基準となります。

音声障害の治療には外科的治療と、非外科的治療がある。後者には薬物治療、音声指導や訓練、それから精神的な原因の場合には精神心理療法があります。言語聴覚士は音声指導や訓練を担当しますが、現在は適切な指導のできる者の数は限られています。

また、無喉頭者が食道弁を使って発声する方法を、喉頭(声帯)を使用する言語聴覚士が指導するのはかなり困難です。そのため、無喉頭者の先輩が後輩に発声方法を指導する「銀鈴会」という団体も組織されていることを付記します。


4.言語聴覚士の国家資格制度について

1997年12月に「言語聴覚士法」が成立した。これまでのべてきた「きこえとことばの障害」を持つ人のコミュニケ−ション手段の習得や再習得を援助する専門職の国家資格を位置づけるものです。1998年夏の施行を目指し、具体的な養成の中身について検討が行われてきました。言語聴覚士の資格取得には、その養成を目的として認定科目をすべて履修する20余の専門学校、新設の四年制大学3校と短期大学1校があります。他に人文系を中心とした大学では、指定科目と実習内容を満たせば、それぞれの学位の他に国家資格の受験ができる開かれた資格制度になりました。これまでに合意された養成カリキュラムの大枠を次ペ−ジ表1に示します。

上智大学の外国語学研究科、言語学専攻博士課程前期の言語障害研究コ−スでは、上記の指定科目履修を可能にするため、カリキュラム改訂を1998年秋に行い、言語学の背景をもち言語聴覚士として実際の臨床と治療研究に取り組める人材の養成を目指しています。将来、このような領域で働きたいと考える人は、大学院の言語障害研究コ−スを受験する前に言語学副専攻の枠で受講可能な言語学や音声学、言語障害概論の受講をおすすめします。


参考文献:

ケント,R..・リ−ド,C.著 荒井隆行・菅原勉監訳(1996)
  「音声の音響分析」海文堂
音響音声学の基本情報をもりこむと共に、最近の音声学研究の動向を紹介し丁寧な用語集が備わっています


ロ−ゼン,S・ハウエル・P著 荒井隆行・菅原勉監訳(1998)
   「音声・聴覚 のための信号とシステム」
「音声・聴覚 のための信号とシステム」
  やや手ごわいが、音声・聴覚研究の入門書として練習問題と解答もついています


浜田寿美男・山口俊郎(1989)
  「子どもの生活世界のはじまり」ミネルヴァ書房
子どもの発達を具体的な重度重複障害児の事例をときほぐしながら論じ、読者の視野をひろげてくれます


飯高京子他編(1988)「ことばの発達の障害とその指導」 学苑社
小児の言語発達遅滞について基礎的な解説と、具体的な臨床指導例をまとめています。用語解説つき


飯高京子他編(1987)「構音の発達の障害とその指導」  学苑社
構音の発達の基礎的な情報と構音障害、口蓋裂の問題、その言語指導について、丁寧な解説があります。用語解説つき


岩田 誠 (1991)「脳とコミュニケ−ション」朝倉書店
言語・コミュニケ−ションと脳との関係をわかりやすく解説しています


笹沼澄子監修(1998)入門講座/コミュニケ−ションの障害とその回復 
   全2巻、大修館
成人および小児の言語障害を概観しており、解説つきの文献紹介があります


高木俊一郎編(1987)「目で見る障害児医学」学苑社
障害児を理解する上で必要な医学的知識をわかりやすく解説しています


Brookshire, R. 著 笹沼澄子監訳・勝木準訳(1996)
  「神経疾患によるコミュニケ−ション障害入門」協同医書
成人の神経疾患による失語症、右半球損傷、外傷性脳損傷、痴呆などに関する基礎知識と臨床家としての働きかけの基本を紹介しています






表1 言語聴覚士養成のための大綱化されたカリキュラム

教育内容 単位数 備考
基礎分野 人文科学 2 2科目とすること
12 社会科学 2 2科目とすること
  自然科学 2 2科目とし、うち1科目は
      統計学とすること
  外国語 4  
  保健体育 2  
       
専門基礎分野 基礎医学 3 医学総論、解剖学、生理学
29     及び病理学を含む
  臨床医学 6 内科学、小児科学、精神医学、
      リハビリテ-ション医学、耳鼻咽喉科学、
      臨床神経学、形成外科学を含む
  臨床歯科医学 1 口腔外科学を含む
  音声・言語・聴覚医学 3 神経系の解剖・生理・病理学を含む
       
  心理学    
   臨床心理学 2  
   生涯発達心理学 2  
   学習・認知心理学 3 精神測定法を含む
  言語学 2  
  音声学 2  
  音響学 2 聴覚心理学を含む
  言語発達学 1  
  社会・福祉・教育 2 社会保障制度、リハビリテ-ション概論
      関係法規を含む
       
専門分野 言語聴覚障害学総論 4  
44 失語・高次機能障害学 6  
  言語発達障害学 6  
  発声発語・嚥下障害学 9 脳性麻痺・学習障害を含む
  聴覚障害学 7 吃音を含む
  臨床実習 12 聴力検査、補聴器・人工内耳を含む
       
選択必修分野     一般臨床医学を含み、専門基礎分野
8   8 又は専門分野を中心として講義又は
      実習を行うこと
合計   93  

アンダーラインされた項目は全て指定科目とされています