日本語教育
のすすめ

-日本語の学習と教育:学習活動と教師の仕事-

田中 幸子



1.はじめに

日本語を学習する人たちは、世界中に広がっています。日本国内で日本語を必要としている人、何らかのかたちで日本語の学習をしている人も多く、これにともなって、教育機関で日本語を教える仕事や地域社会で日本語の学習を支援する仕事に関わっている人たちも、多岐に渡っています。みなさんの中にも、「日本語教育はどんな分野だろう」「どんな勉強をすれば、日本語教育という分野で働くことができるのだろう」「外国人の日本語学習を支援するボランティアができないだろうか」と考えている人がいるでしょう。つまり、「日本語の学習」と一言に言っても、教室に座って学習するだけでなく、人によって、また場所によって、様々な形態があり得るし、それだけ教師の仕事も広範囲に渡るということなのです。実例を通して考えてみましょう。



2.国内・外で日本語を学ぶ人たち:多様な学習者

  2.1.地域によって違う学習目標

海外で日本語を学習する人の数は、1979年から1998年までの20年たらずのあいだに、約12万7千人から約162万3千人に増え、日本語教育機関の数も約1100ヶ所から約6800ヶ所に増加しました(国際交流基金 日本語国際センター編集発行『海外の日本教育の現状―日本語教育機関調査・1993年―』、1995年による)。この162万人の内訳をみると、67%あまりが初等・中等教育、20%あまりが高等教育、残りの12%あまりが学校教育以外の場で学んでいる人たちです。地域別では、東アジア(中国・韓国・台湾)が圧倒的に多く、次いで東南アジア(マレーシア、インドネシア、タイなど)、大洋州(オーストラリア・ニュージーランド)、北米、中南米、西欧、東欧、南アジアの順になっています。

日本語に限らず、言語学習の過程は、学習者をとりまく教育環境的な要因、社会・文化・歴史・経済的な要因、そしてその学習者自身の個別的な要因(年齢・性格・情意・適性、その他)に影響を受けます(図1)。海外の日本語学習者が一言に「162万人」と言っても、「何のために日本語を学ぶのか」(学習目的)、「日本語を使いこなして何ができるようになりたいのか」(学習目標)、それぞれの地域に違った条件、学習のすがたがあるのです。例えば、中国や韓国の中学生・高校生で日本語を学ぶ人が多いのは、大学入学資格試験の指定科目に日本語が含まれているから、日本で大学受験に必要な語学科目を勉強するのと同じような感覚で学んでいる人が多いのです。(実は93年以降これらの国で大学入試システムの変革があったため、日本語を選択する人が減る傾向にあります。円高とそれに続くアジア経済の変動のため、日本に留学する学生の数も減っています。)一方、オーストラリアで日本語を勉強している人のなかで最も多いのは、小・中学生ですが、これは政府が初等・中等教育でアジアの言語を学習させる政策をとっているためで、異文化理解という、中国や韓国とは全く違った意味があるのです。この他にも日本政府の奨学金で日本の大学へ留学するために日本語の集中コースをとっている高校生、日本の企業に就職したり日本に関係のあるビジネスのために仕事のかたわら日本語コースに通っているサラリーマンやOL、日本の文学や言語が好きで、大学の専門科目として学んでいる人たち……その国と日本との関係や距離によって、日本語学習のありかたもいろいろで、それぞれの場に応じた教材や教え方が必要になります。

  2.2.日本国内で日本語を学んでいる人たち

さて、国内に目を向けてみると、日本の大学や専門学校に入学するための準備をしている人、学部レベルの留学生、大学院レベルの研究留学生、ビジネスマン、家族と共に日本で生活し定着する目的を持っている人などがいます。80年代の後半から90年代にかけて、日本に来て日本語を学習する人が急激に増えた時期がありましたが、最近は全体として横ばいの傾向に転じています(文化庁国語課『平成7年度国内の日本語教育の概要』による)。留学生や就学生・技術研修生・帰国子女などの日本語学習者が減っているのに対して、ボランティア団体や国際交流協会などの日本語学習の場、そうした場で教えたり学んだりする人の数が大きく増える傾向が見えています。特に、小学校・中学で日本語学習を必要としている子どもたちが広範囲に増えていて、学校現場での大きな課題になっています。



3.コースデザイン・教授法・教材

  3.1.「コースデザイン」とは何か

このように非常に多様な場で、母文化・母語を異にする人たちが学んでいますので、教え方・シラバス・教材なども学習のありかたに応じて適切なものを選択しなければなりません。そのために「コースデザイン」の考え方をはっきり持つことが重要です。

さて、「コースデザイン」とは何でしょうか。「インテリア・デザイン」と比べるとわかりやすいでしょう。あなたがもしもインテリア・デザイナーで、これからある部屋の内装を全部考えるということになったら、どんな順番で何を考慮に入れて仕事を進めますか。まず、その部屋を使う人は、どんな好みで、その部屋を使う目的は何か、予算はどのぐらいかを考えなければなりません。家の中でのその部屋の位置といった、環境的な条件も大切です。どんな雰囲気の部屋をつくるかが決まったら、壁や天井の色を選び、カーテンの素材や色を考え、空間の中にどんな家具をどんなふうに配置するのか、照明器具や冷暖房はどうするのか、そういった全てのことを決め(つまり設計して)、それを実現していくわけです。 「コースデザイン」は、ちょうどそれと同じように、ひとつの言語教育のコースについての計画をたてることを言います。どんな能力を持ったどんな教師が、誰に対して、何を、どんな教材を使って、どんな方法で、どのぐらいの時間で、どのぐらいの費用を使って教えるのかなどを考えながら、コースを設計します。そして、時間割と場所や教師の分担も含めて、「カリキュラム」や「プログラム」という形で実現されるのです。

  3.2.教授法の移り変わり:
       直接法(ダイレクトメソッド)、オーディオリンガルメソッドから
       コミュニカティブアプローチへ

日本語教育の分野も英語や他の言語と同じように、心理学・言語学・社会学・教育学など、関連諸科学の影響を受けながら発達してきました。(教授法の変遷については「外国語教育」と共通する部分が多いので、そちらのページを参照してください。)日本語教育では長い間、直接法(ダイレクト・メソッド)とオーディオリンガルメソッドの考え方にもとづいて成果を上げてきたので、現在市場に出回っている日本語教材を見てみると、その多くのものは日本語を構造主義的な考えでとらえ、積み上げ学習を助けることに主眼をおいています。しかし80年代後半以降は、日本語教育を取り巻く社会的な環境の変化に伴ってコミュニカティブ・アプローチの考え方が浸透してきました。構造学習の方法の効率の良さと、コミュニカティブ・アプローチ以降新たに加わった、学習活動の柔軟性・学習者を主体とする人間関係のとらえかた・社会との関わりといった側面をうまく融合しながら新しい日本語教育のありかたを見つけようという試みが、国内や海外各地の日本語教育の現場で進められています。



4.いろいろな学習活動:
   ロールプレイとプロジェクトワークを例に

具体的な例をロールプレイとプロジェクトワークという学習活動を通して見てみましょう。どちらも現在の日本語教育の現場で頻繁に使われている学習活動ですが、学習の主眼をどこに置き、課題をどのように設定するかによって、授業の展開に大きな違いがあり得ます。どんな場で、何を目的に日本語を教えるのかによって、授業での活動のありかたにも幅を持たせることが必要になります。

  4.1.ロールプレイ

下の2種類のロールプレイを比較してみましょう。

例1では、ロールカードで、AとBのやりとりの大筋が決められています。つまり、学習者はシナリオとして決まったやりとりを課題として受け取り、その場面に合ったせりふとして正しい文をつくることに集中しなければなりません。「謝ってことわる」「その理由を説明する」ため、どんな文型を使ったらよいか、相手にわかるように発音できるか、表情や行動は適切か。学習済みの文型を使って、機械的なパターンプラクティス練習とは違った形態の練習をさせるという、accuracy practiceとしての性格の強いロールプレイです。

これに対して例2では、AとBの思惑がくいちがってしまいます。コミュニケーションを達成しようとして目指すゴールが出発点で異なっているのです。このため、互いのやりとりの中で相手の出方に応じて判断をしたり譲歩しながら(つまり、ある種のnegociationを通して)、「落とし所」を決める過程に集中せざるを得ない設定になっています。「会う日時を決める」という課題を達成するために具体的にどんな文の形を使うのかについては、学習者の自由な判断に任されています。「○曜日の×時は、どうですか。」「いいですよ。」と簡単に終わってしまう場合もあるでしょうが、「×時は、ちょっと。△曜日のほうがいいんですけど。」と断ったり別のことを提案したりすることもできます。同じ断るのでも、丁寧な断りかた、友達どうしの言葉の使い方、というように、たくさんのバリエーションが可能ですから、解答の決まっている例1のような課題よりも、コミュニケーションの実際のすがたについて考えたり、自分なりの解決のしかたを持ち込む余地が大きくなっています。つまり、コミュニケーションのなめらかさを目指して、それに習熟することを主眼においたfluency practiceとしての性格が強いのです。




  4.2.プロジェクトワーク

上の例2のようなコミュニケーション練習としての性格づけのもっと強い学習活動として、プロジェクトワークがあります。

プロジェクトワークは簡単に言えば学習者が主体になって作業をする「調べ学習」的な学習活動です。そこで、教師の役割も、学習段階に適した課題をうまく設定しながら学習者個別やグループの作業を助け、必要な情報を与えるといった「黒子」的なものが中心になり、従来の教室でのモデルとしての役割とは異なる部分が多くなります。日本語の文法や発音・語彙を教えるといった狭い意味での言語教師の仕事に加え、日本という文化・社会を形作っている異質なメンバー同士で情報をやりとりしながら、個人としての意見や興味をどのように伝え合っていくのかを考えることが必要になります。一言に「日本語教師」といっても、そうしたいろいろな側面を含む仕事なのです。



5.日本語教育関連の仕事をするには、
   どんな勉強をしたらよいのか

現在、日本国内で日本語教師になるための勉強として、大きく分けると、1)日本語教育専攻の大学や大学院を修了する、2)日本語教師養成講座を修了する、3)日本語教育能力検定試験を受験する、といった方法があります。上智大学には日本語教育専攻コースはありませんが、言語学や第二言語習得、外国語教育などの開講科目を通じて、より広く言語の学習と教育に関わる領域について学ぶことができますので、学部在学中に日本語教育能力検定試験に合格することも決して不可能ではありません。是非挑戦してみてください。



参考文献

田中望(1988)『日本語教育の方法―コースデザインの実際―』 大修館書店

東洋・中島章夫監修(1988)『授業技術講座基礎技術編1 授業をつくる ―授業設計―』 ぎょうせい

東洋・中島章夫監修(1988)『授業技術講座基礎技術編2 授業を改善する ―授業の分析と評価―』 ぎょうせい

東洋・中島章夫監修(1988)『授業技術講座基礎技術編3 教師の実践的能力と授業技術』 ぎょうせい

日本語教育学会編(1995) 『タスク日本語教授法』 凡人社

小池生夫監修 SLA研究会編(1994)『第二言語習得研究に基づく最新の英語教育』大修館書店<

日本語教育学会編(1990)『日本語教育におけるコミュニカティブ・アプローチ』 凡人社

岡崎敏雄他編(1992)『ケーススタディ 日本語教育』 おうふう

金田智子・保坂敏子(1992)『コミュニケーション重視の学習活動3 コミュニケーション・ゲーム』 凡人社

田中望・斎藤里美(1993)『日本語教育の理論と実際』 大修館書店

田中幸子他(1994)『コミュニケーション重視の学習活動1 プロジェクトワーク』 (改訂版)凡人社

田中幸子他(1994)『コミュニケーション重視の学習活動2 ロールプレイとシミュレーション』 (改訂版)凡人社

日本語教育学会(1995)『ひろがる日本語教育ネットワーク最新事例集』 大蔵省印刷局

遠藤織枝編(1995)『概説 日本語教育』 三修社

日本語教育73号(1991)「特集 コミュニカティブ・アプローチをめぐって」, 日本語教育学会

日本語教育94号(1997)「展望1997」, 日本語教育学会.


関連のWWWサイト

日本語教育学会 http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/nkg/
国立国語研究所日本語教育センター日本語教育指導普及部日本語教育研修室 http://202.245.103.41/kenshu/default.html

日本語教育とは?のQ&Aのコーナーや日本語教育関連の学会・研究会・ボランティア団体などへのリンク集が充実。
上智大学「日本語教育特殊講義97」のグループプロジェクト http://pweb.sophia.ac.jp/~s-tanaka/97JSL/

97年度に外国語学部共通科目「日本語教育特殊講義」を履修した先輩たちが、日本語の教育や学習について調査しました。「上智留学生は今」、「日本語教育と地域社会」、「我們是好朋友」の3つのグループの調査報告です。