社会言語学
日比谷 潤子



アフリカ系アメリカ人の英語には、いくつかの顕著な特徴があります。(1)(2)の文は、そのうちの一つを示すものです。

(1)He know something.

(2)He know nothing.

アフリカ系アメリカ人英語では、このように動詞の3人称単数現在形に-sをつけません。普通の日本人が学校教育の場において習う英語では、主語が1・2人称の単・複数と3人称の複数の現在形の時動詞には何の変化も起きず、3人称単数現在形のみに-(e)sがつくと教えられます。3単現の-sという表現を耳にすることがありますが、このカテゴリーだけが特別扱いであることを示しています。

アフリカ系アメリカ人英語の例文をもう一つ、見てみましょう。ここでは最後のdoに注目して下さい。(この一文には、アフリカ系アメリカ人英語の様々な特徴があらわれています。詳しくは末尾の注を参照して下さい。)

(3)Can’t nobody tink de way he do. (= Nobody can think the way he does.)

ご存知のとおり、動詞doの3人称単数現在形はdoesになります。語末にただ-sをつけるだけでなく、動詞本体の母音の発音も変化するところから、特別なケースとみなされています。(3)の文で、doesではなくdoがあらわれていることからも、アフリカ系アメリカ人英語では、3人称単数現在というカテゴリーが、それ以外のものと同じように扱われていることが分かります。

次のような文も、アフリカ系アメリカ人の英語では珍しくありません

(4)I pass the exam yesterday.

(4)の文にはyesterdayという語がついていますから、「試験合格」は過去の出来事です。動詞は過去形になると、主語の人称に関わりなく-edがつきます。言うまでもなくこれは規則動詞の話です。(4)の文の動詞が、passedではなくpassになっているのは、なぜでしょうか。アフリカ系アメリカ人の語には、3人称単数現在の-(e)sだけでなく、過去形の-edも存在しないのでしょうか。この点を明らかにするには、過去の時点で起こったことをあらわす文の中で、不規則動詞がどのようになっているかを検討しなければなりません。

(5)My mother came to New York last year.

(6)John hit Bill two days ago.

(5)(6)の動詞は、いずれも過去形(came, hit)になっています。規則動詞には過去形がなく、不規則動詞にはあるのでしょうか。

(1)〜(3)と、(5)(6)は、どちらもアフリカ系アメリカ人英語の特徴をあらわすものですが、一口に特徴と言っても、前者と後者では性質が異なります。前者は「3人称単数現在というカテゴリーが存在しない」という文法上の特徴です。それに対して、後者は発音上の問題なのです。

(7)She bin had dat han’-made dress.

(= She’s had that hand-made dress for a long time, and still does.)

(7)も、(3)同様、アフリカ系アメリカ人英語らしい文ですが、今問題にしている以外の特徴については、注を参照していただくことにして、ここではhan’-made に注目して下さい。“hand”が“han’”となっていますが、これは(7)の文が実際に発音された時に、最後のdの部分が脱落する、つまり聞こえないことを示しています。“las’ Monday”のように、最後のtでも同様のことが起こります。このようにアフリカ系アメリカ人英語では、語末のtやdがよく脱落します。この現象は、t/dの前にもう一つ子音(上の例ではn/s)があると、とりわけ顕著です。

規則動詞過去形の-edには、原形の最後がどのような性質の音であるかによって、三種類の発音([-t][-d][-id])があります。(4)の文で、動詞が“passed”ではなく“pass”となっているのは、“last”が“las’”となるのと同じことが起っているからです。

このように語末に子音が二つ並んでいて、その最後がtまたはdの場合にそれが脱落するという現象が起こるのは、アフリカ系アメリカ人英語のみではありません。実は、世界中のどこへ行っても、英語を母語としている人々の間で広く観察されています。アフリカ系アメリカ人英語の場合、その程度が他の人々に比べて甚だしいというだけの違いです。これまで、アメリカ合衆国だけでも、ニューヨーク、フィラデルフィア、バルティモア、ロスアンゼルス、サンフランシスコ等様々な地域の人々を対象に研究が行われてきましたが、上記の条件に当てはまるtやdを一つも落とさない母語話者はいません。国は違いますが、ジャマイカのクレオール英語でも状況は同じです。

どんな時に起こるかというと、非常にあらたまった場面で、自分の発音に最大限の注意をはらって話している場合には、容易に予測される結果ですが、あまり頻繁には観察されません。逆に、話の内容に夢中になり、その結果話す速度も上がり、どんな発音をしているか、ほとんど気にしていない場合には、頻度が高くなります。しかし、あらたまった場面だからといって、絶無というわけではありません。歴代米国大統領の一般教書演説の録音を分析した人がいますが、あのような場合でも、少しですがt/dは脱落します。

さて、この現象のおもしろさは、これからです。先程ちょっと触れましたが、語末のt/dには過去形の-edもあれば、そうでないもの、例えばhandやlastの最後のt/dもあります。この二種類のt/dを比べてみると、後者の方がより頻繁に脱落するという結果が、繰り返し出ています。すでに述べたとおり、アフリカ系アメリカ人英語は脱落の程度が高いので有名ですが、どんなタイプのt/dでも同じように脱落するわけではなく、後者の方がよく落ちます。逆にヨーロッパ系アメリカ人(イギリス・ドイツ・イタリア等の国々から移住してきた先祖を持つ人々のことです)の英語は、勿論社会的なグループごとの差がありますが、概してアフリカ系アメリカ人英語に比して、脱落の程度が低いことが明らかになっていますが、過去形のt/dは、このように全体が低くなっている中で、さらに脱落の頻度が下がります。

さらに、t/dで終わる単語の次に、どのような音が来ているかも重要です。たとえば(7)の文では“hand”のあとに[m]が続いています。(8)を見て下さい。

(8)I didn’t go.
   I didn’t run.
   I didn’t yell.
   I didn’t eat.

“didn’t”は勿論 “did not”が略されたものですが、このような形を縮約形と言います。“not”はtの前が母音ですが、縮約されることによって、語末に子音が二つ並び、脱落の起こる条件が整うわけです。(8)の四つの文は、最後の動詞のみが異なります。この最初の音に注目してみましょう。goとrun は子音で始まっています。やや専門的になりますが、同じ子音といっても[g]の方がより子音らしい子音とみなされていて、阻害音という名前で呼ばれることもあります。これに対して、[r]は子音には違いないのですが、やや子音度が下がり、流音という別の名前が付けられています。eatは、勿論母音で始まる動詞です。yellの最初の音は、これまた専門的な用語ですが、わたり音と言われていて、子音と母音の中間のような性質を持っていると考えられています。didn’tのtは、直後の音が阻害音>流音>わたり音>母音の順で脱落しやすいことがわかっています。

英語圏の子供を対象に調べてみると、3歳の時点ですでに、以上のような脱落パタンがほぼ出来上がっていますが、英語を外国語として学んだ人々、例えば中国語を母語とする人々の英語では、後続音については同様のパタンがみられたものの、t/dが[-ed]かそうでないかによる違いは、逆になっていました。

このような研究は、日常の自然な会話をデータとして用います。人の話というのは、内容はある程度覚えていても、どんな発音をしたかいちいち記憶にとどめておくのは不可能です。話すスピードの方がずっと早くて、とても追いつきません。それができるようになったのは、録音機の発達のおかげです。特に小型で、性能のよいテープレコーダーが登場してから、研究の量も質も格段に向上しました。さらに、分析の段階では、コンピューターの進化の恩恵も見逃せません。


(3)と(7)の文にあらわれている特徴は以下の通りです。

発音:“th”の発音が、有声音では[d]、無声音では[t]になります。
文法:助動詞と主語が倒置されます。
    否定が二重になります。
    “bin”は、発話者の主観的な判断で、遠い昔に始まったと考えられる
    事象の始まりを示すために使われる表現です。

 

文献

中尾俊夫・日比谷潤子・服部範子. 1997.『社会言語学概論』東京:くろしお出版。
分野の基本的理念、データの収集・分析方法、1960年代から1990年代にかけてこの枠組みで行われた、英語と日本語を対象とする研究結果の紹介をしています。アフリカ系アメリカ人英語についても、章を設け、上記以外の特徴の解説もあります。さらに、巻末に包括的な文献リスト(一部紹介つき)が載っています。