東アジア・東南アジア
の諸言語
石井 米雄



東アジアは中国を中心とする漢字文化圏で、中国、韓国・朝鮮・韓国、台湾と日本を含みます。東南アジアは、大陸部ではミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの5ヵ国、島嶼部ではインドネシア、マレイシア、シンガポール、ブルネイ、フィリピンの5ヵ国、合計10ヵ国によって構成される地域です。

東アジアでは、中国語、韓国・朝鮮語と日本語が話されています。中国語は広大な中華人民共和国と中華民国(台湾)で話される言語です。方言差が大きいため、北京語をもとにした「普通話」(Putonghua) が学校教育で用いられています。方言には、広東語、福建語、上海語、客家語、海南語などがあります。韓国語は大韓民国の、朝鮮語は朝鮮人民民主主義共和国の国語です。東南アジアは歴史上さまざまな文化がいりみだれて展開してきた地域のため、言語的にも複雑です。まず10ヵ国の国語ないし公用語をみてみましょう。

ミャンマーマレーシア
ビルマ語マレーシア語
タイシンガポール
タイ語英語・マレー語、中国語、タミル語
ラオスインドネシア
ラオ語インドネシア語
カンボジアフィリピン
カンボジア語(=クメール語)フィリピノ語
ベトナムブルネイ
ベトナム語マレー語


これらの言語のうちまずタイ語とラオ語は、いずれもタイ語派に属する声調言語で、タイ語は5声調、ラオ語は6声調を持っています。マレーシア語はマレー語と同じ。インドネシア語はマレー語の基盤のうえに民族共通語として作り上げたインドネシア共和国の国語で、いずれもオーストロネシア語族に属しています。この語族に属するもうひとつの言葉にフィリピノ語があります。フィリピノ語はタガログ語を基礎とするフィリピン共和国の国語です。カンボジア語はミャンマーの少数民族のモ ン語などとともにモン・クメール語派に属しています。ベトナム語はタイ語やラオ語などのように6つの声調をもつ言語で、ながく帰属不明とされてきましたが、研究の結果、カンボジア語とともに、モン・クメール語であることが立証されました。ビルマ語はチベット語と親縁関係をもち、チベット・ビルマ語族に属し4声調をもつ言語です。シンガポールとマレーシアで公用語とされるタミル語は、南インドからの移民の言語でドラビダ語族に属しています。

これらの言語は、語が文中での機能によって語形変化をせず、すべて辞書にあるままの形で文中にあらわれるため、変化形を覚える必要がない点、入りやすい言語といえるでしょう。とくにローマ字で表記されるインドネシア語、マレーシア語、フィリピノ語、ローマ字にいくつかの記号をつけて使うベトナム語はとくに入りやすい言語です。

中国の普通話は、漢字(繁体字)を簡略化して学習しやすいようにした簡体字で書かれます。台湾では現在でも繁体字がつかわれています。朝鮮語はもと漢字・ハングルまじりで表記されていましたが、まず北朝鮮が1948年以降漢字廃止を決定し、また韓国でも1970 年以降漢字廃止の方向に進んでいるため、日本を含む「漢字文化圏」は急速に変貌しつつあります。

東南アジアの言語のうち、独自の文字体系をもっているのは、ビルマ語、タイ語、ラオ語、カンボジア語です。いずれも、南インドのグランタ文字に由来する表音文字で、それぞれ文字の形は異なるものの、文字の組み合わせ方の原則はよく似ています。

タイ語、ベトナム語、カンボジア語、インドネシア語は、語順によって語の文中での機能が定まり、英語同様S+V+Oという形をとります。修飾語はフランス語のように被修飾語の後ろにきます。

(例)インドネシア語 
     Siapa / mencari/rumah  saya
   タイ語
     Khrai /haa /baan phom
      だれが/探しているか/家を←私の


ビルマ語は、名詞に助辞をつけて文中の機能を表わすところが日本語や韓国・朝鮮語に似ています。

(例)thu ga / khinbya kou / hmamide
   彼は  あなた を  おぼえている

フィリピノ語は、述語が文頭にきたり、マーカーと呼ばれる語をもつ点に文法上の特徴があります。

(例)Doktor /ako
   医者です/私は

東南アジアにおよんだ外来文明の複雑な影響は、これら諸言語の語彙を比べるとよくわかります。ベトナム北部とフィリピンを除く東南アジアの大半の地域には、古くからインドの文化的影響が及びました。その結果、これらの地域で用いられる言語には、おびただしい数のインド系言語、とりわけ古典語であるサンスクリット語の借用が見られます。たとえば「言語」を意味するサンスクリット語のbhashaは東南アジア諸語のなかにつぎのように変化した形で借用されています。

タイ語phaasaa
ビルマ語badha
カンボジア語peasaa
インドネシア語bahasa


13世紀以来交易に訪れたイスラム商人たちによって宗教とともに伝えられたアラビア語も、マレー語やインドネシア語のなかにおおく取り入れられています。たとえば「本」と意味する kitab、「慣習」をあらわす adat など。タイを除くといずれも欧米の植民地であった東南アジア諸国の言語には、かつての植民地宗主国の言語からの借用が多く見られます。たとえばインドネシア語におけるオランダ語がそれです。インドネシア語には、オランダ語のkamer 「部屋」は kamar、boek 「本」は buku の形で入っています。またかつてフランス領だったベトナムでは、駅はフランス語 gare に由来する ga が用いられています。

ベトナム語は長い中国との接触の結果、大方の文化語彙は漢語が用いられています。dai hoc 大学、hoc sinh学生はその一例です。電車は xe die^n といいますが、これは「電die^n」「車xe」をベトナム語の構造にあわせて並べ変えたものです。

これらの言語の概略を知りたいと思う人は、『言語学大辞典 世界言語編全5巻』(三省堂)のなかから、該当する言語の項目を引いてみることをおすすめします。それぞれの言語について、かなり詳しい解説が行われています。また大野徹編『東南アジア大陸の言語』(大学書林)にも、ベトナム、カンボジア、タイ、ビルマ、マレー語について概説がえられます。 もっとも最近のものに、東京外国語大学語学研究所(編)『世界の言語ガイドブック 2 アジア・アフリカ地域』(三省堂)があり、本稿で取り上げたすべての言語について解説されています。

辞書はいろいろありますが、学習用の対訳辞書としてはつぎのものが便利でしょう。

入門書は数多く出版されていますが、初学者の独習の便を考えてつくられたカセットテープ付(または別売り)の学習書としてつぎのものをあげておきます。

なお本学では、これら言語のうち、中国語(初、中、上級)、韓国語(初、中、上級)、インドネシア語(初、中、上級)、タイ語(初、中、上級)、カンボジア語(初級)、フィリピノ語(初、中、上級)を履修することができます。