言語(1)

                         高橋由美子 先生

 

 

1.ドイツ言語学について

 

――高橋先生、ドイツ語学科には言語学を勉強してみたいという学生が非常に多いと思うのですが、先生の「ドイツ言語学」とは、どんな学問分野なのでしょうか。

 

高橋 言語学とは、言語そのものを科学的に研究する学問分野で、あらゆる言語に共通する普遍性を解明することを目的としています。したがって、言語学の前にフランスやイギリス、ドイツといった地域を限定する語を冠することは、本来邪道です。しかし、私たちが分析・研究する第一の言語はドイツ語ですから、ドイツ語を対象言語にする言語学という意味で、またドイツ語圏の地域研究のひとつとして、とりあえず「ドイツ言語学」と呼ぶことにしましょう。

 

――でも一口にドイツ言語学といってもいろいろな分野があると思うのですが、どういった研究がなされているのでしょうか。

 

高橋 おっしゃるように、言語学にはさまざまな分野があります。それは言語学がレベルの学問だからです。つまり、言語学の研究対象は、音のレベルから単語のレベルへ、単語のレベルから文のレベルへ、文のレベルから文の集合体、すなわち文学作品等のさまざまなテキストへと、順を追って広がっていくのです。

 

――すると一番小さい単位とは、音のレベルということですか。

 

高橋 そうです。音を研究するのは「音声学」です。ドイツ語音声学では、発音を科学的に学ぶようにしております。それにはまず口腔・鼻腔やその他の調音器官の仕組みを勉強します。次に調音点を覚えます。これは言語音を発するために必要な音声器官の運動と位置のことです。例えば、pbtdkgをそれぞれ比べてみて下さい。調音点が同じであることに気づくはずです。pbは両方の唇で、tdは歯ぐきで、kgは軟口蓋で発音されているのです。でも、一方は清音、他方は濁音と、音色はそれぞれ全く違いますね。そこで次に、この相違について、調音器官の仕組みを踏まえつつ科学的に考える……。私たちは、このような方法論で、ドイツ語の音を、ひとつひとつていねいに学んでいきたいのです。

 もちろん音声学はこれにとどまるものではありません。もっと専門的で面白い研究がたくさんあります。ドイツ語学科では新倉先生が音声学をご専門になさっていますから、是非いろいろとうかがってみて下さい。

 

――音の次は単語でしょうか。

 

高橋 そうです。単語には意味があります。そしてそれを研究するのが「意味論」です。もちろん文にもテキストにも意味はあります。しかしここではその前段階として、ひとまず単語を対象にしぼった意味論を紹介したいと思います。

 まず2つの方法論を区別する必要があります。すなわち通時的な方法論と共時的な方法論です。前者は歴史的な流れの中での意味変化を、後者は時間の流れを止めて、ある一時点(例えば現代)における意味のあり方を考察します。

 

――通時的な研究とはどういうものですか。

 

高橋 通時的なドイツ語意味論の楽しさは、例えば語源研究に見つかるはずです。現代ドイツ語には、語形も発音も全く同じで、意味だけ異なる単語がたくさんあります。これらは全くの偶然の一致なのでしょうか。それとも何らかの理由があるのでしょうか。意味の変化を通時的にたどれば、思わぬ発見があるのです。

 ひとつ例を挙げましょう。ドイツ語では、「港」と「つぼ」(Hafen,「銀行」と「ベンチ」(Bank,「ハンドル」と「税金」(Steuer)に同じ単語を使用します。一見全く無縁に思えるペアですが、それぞれ同一の語源〜容器(→船の停泊場)、両替台(→金融機関)、舵取り(→支援金)〜から派生した親戚どうしなのです。こうしたグループを意味論では多義語と呼びます。

 

――そうですか。では全く関係ないのに音だけ同じという単語はないのでしょうか……

 

高橋 そんなことはありません。

 例えばこんな例もあります。「〜の値段である」と「味わう」(kosten)は、それぞれ別のラテン語に由来し、歴史の流れの中で、偶然音だけが一致しました。こちらのグループは、前出の多義語に対して、「同音異議語」と呼ばれています。

 

――もうひとつの共時的な方法論とはどういうものでしょうか。

 

高橋―はい。ここでは共時的のうち、最も代表的な理論を紹介します。それは

「場の理論」と呼ばれるものです。「場」とは電磁場を意味します。この理論によると、語彙というものは、個々の単語がただ漠然と集合して出来上がっているわけではありません。類義語群が、磁石によって引き寄せられたように凝集して、場を形成しているのです。

 具体的にいうと、「いす」や「ベンチ」や「ソファー」等の単語は、「座るための装置」という場の中に集合して存在するのです。したがって、語彙は、個々の語ではなく、場によって構成されています。「場の理論」の目的は、それぞれの場の内部構造を詳細に分析・記述することにあります。つまり、類義語は、似ていますが微妙に違います。この微妙な差を、場の中で、できるだけ客観的に捉えてみましょう。例えば、先ほど述べた「座るための装置」という場を考えた場合、たたみのないドイツで最も典型的なのが、「一人がけ」で「背もたれ付」の「いす」(Stuhl)ですね。「いす」の類義語に見られる微妙な相違について、観察しましょう。「ベンチ」(Bank)は「いす」と比べて「数人がけ」です。「ソファー」(Sofa)はベンチと同じような形をしていますが、「クッション付」という点が違います。ドイツ人が好む「安楽いす」(Sessel)は、「一人がけ」、「背もたれ付」、「クッション付」の他に、「ひじかけ付」という要素が加わります。

 さて、歯医者に行った時に座るいすは、どこか安楽いすに似ていませんか。どこが似ていて、どこが違うのでしょう。このように、似ている語の間の微妙な差を「場の理論」に基づいて考えることは、言語と思想の関係にも及ぶ、重大な問題なのです。

 

――意味論もなかなか面白そうですね。他にはどんな研究があるのでそうか。

 

高橋 次は、ドイツ語統語論、またはドイツ語文法論といった分野があります。1年生の皆さんには、統語論より文法論といった方がわかりやすいでしょうから、ここでは文法論に統一します。

 文法論とは、単語と単語が連鎖した文のレベルを扱う言語学の一分野です。1〜2年次の基礎演習で習う「文法」とは、多くの点で非常に良く似ている領域ですが、方法論として、両者は全く異なっています。つまり初級文法が、正しい文を作るための規則を教える規範的な学であるのに対して。文法論は文の構造を明らかにする記述的な学問なのです。したがって文法論は、「この動詞の目的語は、こういうものであらねばならない」というような主張はしません。そうではなくて、当該の文が、どのような構造をもつかを具体的に記述し、もし間違いがあるなら、構造の観点から、なぜ間違っているのかを証明する研究分野なのです。

 

――文法論にも有名な理論はあるのでしょうか。

 

高橋 はい。ドイツ語文法論の中で最も有名な理論のひとつを紹介しましょう。それは「ヴァレンツ理論」です。ヴァレンツとは、もともと化学の「原子価」の概念で、本来は、ある原子が他の原子と結合しうる結合手の数を意味します。それが文法論に導入されると、「ある原子」は「動詞」を意味するようになりました。ドイツ語文法論、とりわけヴァレンツ理論では、動詞が常に特別な地位を占めていることを、よく覚えておいて下さい。英語の「主語」−「述語」構造とは全く異なり、動詞以外の文成分は、主語も含めてすべて「他の原子」、ヴァレンツ理論の術語では、動詞を補うという意味で「補足成分」と呼ばれています。

 

――では、動詞によって、「補足成分」の数が変わったりするのでしょうか。

 

高橋 そのとおり。ある動詞が何個の補足成分と結合しうるか、を問うのが言語学のヴァレンツ理論で、「ほえる」(犬ガ)のように補足成分がひとつなら一価動詞、住む(プレスリー(って知ってます?)ガ)ヴィヴァリーヒルズ ニ)は二価動詞、「贈る」(私ハ、恋人ニ、花ヲ)ならば三価動詞という具合に定義していきます。

 


 

――なるほど。ヴァレンツ理論はドイツ語圏で誕生した理論なのですか。。

 

高橋 いえ、もともとこの理論はフランスで誕生しました。つねに主語を支配者に立ててきた伝統を根底からくつがえしたのは、自由・平等・博愛の国であるフランスだったというのが興味深いですね。この画期的な理論が隣国のドイツで大いに発展したのは、ドイツ語の説明に非常に適した枠組みであったからといえましょう。

 

――よく分かりました。

 

高橋 以上、ドイツ語と言語学の接点を、いくつかのポイントにまとめてみました。しかし、前にも述べたように、言語学はドイツ語ばかりではなく、日本語をはじめとするすべての言語と関連しています。言語学の理論に基づいて、いくつかの言語を比較するのが「対照言語学」ですが、ドイツ語と日本語については、ドイツ語学科の専門科目で学ぶことができます。言語はその上、人間だけが操れる道具であり、言語を使わない学問はほとんどない以上、言語学は、非常に多くの学問分野と重なり合う部分が多いのです。文学、社会学、心理学はもとより、神学、医学、法学、政治学、経済・経営学、コンピューターのようなテクノロジー等、その広がりは無限です。ですから、どのような学問と出会っても、それを「言語学的」に発展させることが可能なのです。ドイツ語を通じて、少しでも多くの方に言語学という学問のダイナミズムを体験していただけたら、と思います。

 

 

2.専門の研究分野について

 

――では、次に先生のご研究についてうかがいたいのですが。

 

高橋 私は、「意味論」を専門にしています。先ほども述べたように、意味といっても単語のレベルではなく、文学作品をテキストにして作品というレベルでの意味を探っています。具体的には、16世紀の古いドイツ語で聖職者が民衆に対して語った説教話を扱っています。

 

――説教ですか。

 

高橋 説教といっても、いわゆる「お説教」ではなく、説教の言葉に含まれている笑いとユーモアを研究しているのです。

 

――当時の笑いとはどんなものだったのですか。

 

高橋 説教に現れる笑いですから、説教者、この場合は主に教会で聖職者が農民などに民衆に分かりやすく語ったものです。ジョークの種類としては、言葉をもじったものや、糞尿を扱ったいわゆるスカトロジーなんかがありますね。

 

――へえ、何か下品な感じもしますが。

 

高橋 あくまで説教の中で中層・下層の字の読めない一般民衆に分かりやすく話をするためにちりばめたお笑い・ユーモアですよ。

 

――ユーモアといえば、ドイツ語学科にいらした森岡ハインツ先生は落語の第一線の研究者でもいらっしゃいますよね。

 

高橋 そうです。森岡先生がユーモアのとくに音声面をご専門にされているのに対して、私はユーモアを単語・文の側面から研究しております。

 

――先生も日本の笑いについてご研究なのでしょうか。

 

高橋―はい。16世紀といえば、日本では室町から安土・桃山時代の頃ですよね。この時代、安楽庵という僧侶が『安楽庵策伝』という説話集を書いているのです。これは、いわばプロの噺家の笑い集で、落語の元になったものなのです。私は、この説話集の記号論的分析を行っております。

 

――同じ16世紀の日独の間に何か共通点はあるのでしょうか。

 

高橋 そうです。そこが面白いところです。

例えば、うなぎの風(かざ)という落語をご存知ですか。うなぎ屋の前で匂いをかぎながらご飯を食べるという話です。同時期にドイツでも焼肉(Braten)という笑い話がありました。ここでは、焼肉屋の前で匂いを嗅ぎながら、パンを食べるという話なのです。

 

――なるほど。実際に扱う食物はうなぎと焼肉、ご飯とパンと、その国の食文化に合わせてあるけれど、話の中での役割は共通部分が多いわけですね。

 

高橋 そうです。16世紀といえば、宣教師を通した交流が盛んになった時代ですから、彼らを通じてヨーロッパの笑いが「輸入」された可能性もあります。

いずれにせよ、面白さを感じさせる言葉の機能には洋の東西を越えて共通点が多いのですね。

 笑いには4つの種類があると言われています。1つ目は、刺激に対する反応としての笑い、2つ目は解釈のズレを利用した笑い、3つ目は策略による笑い、そして4つ目がレトリックによる笑いです。

 

――今のお話について日本語で読める本はありますか。

 

高橋 私が研究対象にしたヨハネス・パウリの説教集については翻訳も出ています。ヨハネス・パウリ/名古屋初期新高ドイツ語ドイツ研究会訳(1999年)『冗談とまじめ』です。興味がある方は参照して下さい。またレトリックについては、野内良三(1998年)『レトリック事典』でレトリックの基本がよく分かります。

 

 

3.新入生へのアドバイス

 

―それでは先生、最後にドイツ語学科の新入生に勉強へのアドバイスをお願いいたします。

 

高橋 ドイツ言語学を研究するには、まずはドイツ語をきっちり勉強することです。1つの新しい言葉を始めるのは大変なことですから、真剣に取り組んで下さい。そしてドイツ語がある程度上達したら、何か1つの分野、音声学でも意味論でも、を深く、そしてその他の分野を広く浅く勉強してみて下さい。私のドイツ語の授業はできるだけその両方に対応しようとはしておりますが、実際に受講するのは皆さんですから、工夫して勉強してみて下さい。

 それから、ドイツ語に限らない言語学全般については、外国語学部の言語学副専攻の科目を履修して下さい。きっと面白い発見があるはずです。

 

関連文献

 

−ナゼット・エルジン『言語学とは何か』(研究社)

−ジーン・エイチソン『入門言語学』(金星堂)

−スティーヴン・ウルマン『言語と意味』(大修館)

F.P.ディニーン『一般言語学』(大修館)

−池上嘉彦『意味論』(大修館)

−ヘルマン・バウジンガー『言葉と社会』(三修社)