言語(3 

 新倉真矢子 先生

 

 

――音声学とは、「音」を研究する学問ですか。

 

新倉 はい、「音」といっても、私たちの周りには、足音から風の音、虫の声など様々なものがありますが、音声学では、人間が言語として使っている「音」を研究します。つまり、人間が自分の音声器官を使って発する言語音についてです。私たちは、この言語音を使って人に自分の言いたいことを伝え、また相手からの情報を得るのです。ですから広義には、「静かに!」の意味で使っている「シーッ!」という音も、「言語音」に入ります。

 

――私たちは言語音を使ってコミュニケーションを行っているのですね。

 

新倉 そうです。人は、言葉を使って自分の意志を伝え、相手からも受けとることによってコミュニケーションを成り立たせ、社会生活を営んでいるのです。私たちはこのように意志伝達手段として音声や文字を使っていますが、音声と文字を比べた場合、現在いかに電子メール等の文字言語が普及しても、音声はコミュニケーションを行うために大昔からある最も有効な手段なのです。

 

――音声を使ってコミュニケーションを行うとは、具体的にどういうことですか。

 

新倉 人間は何か言いたいことがあると、その意味内容を声に出すためにまず、大脳中枢から指令を出します。この信号は運動神経指令となり、音声器官を動かして音声を発します。音声は、音波となって聞き手の耳に達します。聞き手は、話し手とは逆の過程をたどり話し手の意図を理解します。つまり、耳の中の聴覚神経に指令が出されて音声を聞き取ります。こうして、音声と結びついている意味内容を頭の中に思い浮かべ、話し手

に伝えたい内容が聞き手に伝わるのです。意味が直接発信されるのではなく、あくまでも音声を介してそれぞれの意味が結びつけられるのです。

 

――なるほど、私たちは、自分の意志を伝えるためにいろいろなプロセスを行っているのですね。

 

新倉 音声学では、この音声の生成から聞き手に到達するまでの流れに沿って、3つの研究分野に分けています。まず、音声器官を動かして音声を発するまでを扱う分野を調音音声学といいます。ここでは、音声をどのようにして作り出すかという生理学的な研究が中心になります。この研究分野は音声学の中でも最も古い歴史を持ち、すでに100年前にはほぼ今のレベルに達していました。それは、自分で音声器官を制御していろいろな音を出し、それを自分の耳で聞いて確認するという実験が容易にできるからです。それで、インディアンの言語音、アフリカの諸言語の音など今までに未知であった言語の音がずいぶん知られるようになりました。

 次の分野が音響音声学です。ここでは、音声が空中にでて空気の振動として聞き手の聴覚器官に到達するところまでを扱います。音波は目で見ることができないため、この分野の研究はいろいろな音声機器の開発に待たねばなりませんでした。近年では、コンピュータを使って音声分析や合成ができるようになり、パソコン用ソフトで自宅でも容易に解析できるようになりました。

 そして第3の分野が聴覚音声学です。鼓膜の刺激に反応して音声を知覚する聴覚的生理過程を扱います。「聞こえる」とは実際どういうことなのかは、大脳生理学上まだ十分解明されていませんので、現在では心理学的なアプローチからの研究が主になされています。

 

――ところで「音」の研究には「音声学」の他に「音韻論」もありますね。その違いは何ですか。

 

新倉 音韻論と音声学は、密接な関係にあります。音声学は実際の音声現象の中から個別に観察し、調べる学問です。例えば、<Tee>[e:]音はどのような口の形をし、舌の位置はどうなっているのか。さらに、日本語の「エ」音とはどう違うのかなどを観察し、記述します。音韻論は、音声現象を言語の体系の中で捉えようとする学問です。音素や音節などの音韻単位が、例えばドイツ語と日本語でいくつあり、全体の体系の中でどのような構造を作っているのかを調べます。また、音声がその言語で果たす機能に目を向けながら、構造・規則性を見いだし、どのような配列規則に従って単語、句などの単位を作り上げているかを研究する分野です。例えば、日本語では、比較的長い単語は3または4モーラに縮小する傾向があります(デフレーション→デフレ、日本銀行→ニチギン、アフガニスタン→アフガン)が、ドイツ語では2音節にし、最後を[i]音にする傾向があります(PulloverPulli, KugelschreiberKuli, StudierendeStudi)。このように言語によって体系構造に相違があるのです。音声学、音韻論は、一つの音声現象を異なる視点から分析していますので、切り離して研究するには無理が生じます。両方とも相補う関係にあるといえます。

 

――それでは、最近の音韻論の研究にはどんなものがありますか。

 

新倉 音韻理論の研究は、Chomsky&Halle (1968)の生成文法に基づく音韻理論により本格的に始まりました。もちろんその前にインド・ヨーロッパ祖語の研究を行った比較言語学やTrubetzkoyに代表されるプラハ学派による機能的音韻論があります。Chomsky&Halleから始まる現代の音韻論研究は、しかしおよそ7〜10年を周期として新たな理論が展開されています。Chomskyらの研究は、音声の構造は音素が線状に連鎖したものであると仮定され、線状音韻論(Lineare Phonologie)といわれていましたが、1970年代半ばにLiberman(1975)の韻律理論(Metrische Phonologie)やGoldsmith(1976)の自律分節音韻論(Autosegmentale Phonologie)では、音声を線状的に捉えるのではなく、多層的な構造をなすものとし、非線状音韻論(non-lineare Phonologie)を唱えました。さらに1982年頃にはKiparskyらにより語彙音韻論(Lexical Phonology)が提案され、音韻論と形態論との関係が対象なりました。同じころ、素性階層理論(Merkmalsgeometrie)が生まれ、さらに不完全指定理論(Unterspezifizierte Theorie)、徹底的不完全理論(Radikale Unterspezifizierte Theorie)が出来ました。これらの理論のほとんどは、生成音韻論との関わりにおいて提案されたものでしたが、Prince, McCarthy, Smolensky等による最適性理論(Optimalitätstheorie)1993年に提案されてから、新たな段階に入りました。それまでの音韻論は、個別の言語現象を個別の規則で記述していました。それが最適性理論では言語現象を、どの言語にもある普遍的な制約を体系づけるものとして記述し、説明しようとしています。どの言語にも、ある現象を記述する同一の制約が存在しますが、言語によりその序列が違うだけだとしています。つまり、世界中の言語の音韻現象が同じ制約により説明されるのです。

 

――音声学・音韻論は、発音とも関係が深いようですね。

新倉 はい。音声学の第一の分野である調音音声学は、伝統的に発音の仕組みを扱っていました。音は、必ず前後の音の影響を受けています。例えば、klar[l]Laden[l]は同じでしょうか。klar[l]は無声化された音になっています。もちろん完全な無声化ではありませんが、このような音環境による影響を研究することも入ります。また、日本語にはドイツ語のウムラウト音<ö><ü>音がありませんが、このような今までに発音したことがない音に対して、それを正確に聞き取り、実際に発音しながら音声の研究、観察を行うことも含まれています。調音音声学はこのように体験することも重要です。音韻体系を一度身につけてしまえば、後はいつでもすぐに実践でき、調査研究もできる便利な分野です。

 

――発音の習得は、小さい時はともかく、成人してからはなかなか完全にマスターすることは難しいといわれていますが……。

 

新倉 人間は本来、どんな音でも習得できる先天的な能力を持って生まれてきていると言われています。赤ちゃんのころは、どんな音でも発音できる能力を持っているのですが、特定の言語によりどの部分を使うかで相違ができ、伸びていく能力と、そのまま放置される能力に分かれます。生得的に備わっている能力は訓練すれば、眠っていたものを蘇らせることができるのです。最近の研究で、発音習得には段階があることが判明しました。

 新しい音を習得する場合、音声器官の筋肉はいわばこわばった状態にあって、大脳からの指令にうまく適応できていないと考えられています。このような初期段階では、いくら口で説明しても身に付かないどころか、心理的にますます萎縮してしまう可能性があります。まずは、外国語の音声と母語の音声の違いを視覚的に示すことが重要です。目で見て十分に確認できたら、次の段階で耳を訓練します。音を聞いて耳と目とからフィールドバックさせ、学習者に違いを納得してもらいます。そしてようやく筋肉は感覚がつかめ、調音器官を動かすことが出来るようになります。成人学習者の場合、母語話者のような音声の習得は不可能だといわれることもありますが、このような適切なプログラムをたてれば、成人学習者でも外国語音声の習得の可能性は大いにあるのです。

 

――習得プログラムには、ドイツ語と日本語という言語の構造の違いにも着目して作られているのですか。

 

新倉 もちろんです。両言語の構造の違いはいろいろありますが、その一つに日本語はモーラ言語であり、ドイツ語は音節言語であることが考えられます。日本語では「コンマ」と言った場合、この単語は「コ」「ン」「マ」と3つのモーラに分けます。ところが、ドイツ語で”Komma”というと、[kɔ][ma]二つの音節に分けます。つまり、単語を分節し、その長さを測る単位が日本語では「モーラ」であり、それに対しドイツ語では通常、母音が前後の子音を従える形で表される「音節」という単位なのです。語を分節する場合、英語やドイツ語では単位として「音節」が、日本語では「モーラ」となっているのです。このことが原因で、日本人話者は、子音連続では母音を入れてモーラを保とうとし、「ハンマー(Hammer)」や「ラッテ(Ratte)」と発音してしまいがちです。また、アクセントも両言語では違います。日本語のアクセントは、文中でも単語のアクセント型を保っていますが、ドイツ語では単語のアクセントはなくなり、文アクセントだけがつきます。それで、文中にアクセントをやたらつけてしまったり、アクセントの位置を違えたりしてしまいます。

 

――ドイツ語を習得する際にもアクセントやイントネーションは重要ですね。

 

新倉 そうです。大事なことは、母音や子音といった個々の音の発音学習のみならず、イントネーションやアクセントなどの韻律的特徴の学習も必要なのです。私たちがコミュニケーションを行う場合、個々の音だけを聞いているのではなく、一つの文、またはフレーズを単位として内容を把握しているのです。そこではドイツ語の場合、伝えたい最も重要な単語にアクセントがおかれています。別の単語にアクセントをおいたのでは他の意図が伝わってしまいます。言葉は一定の場面や状況に関連しており、そこで初めて本来の機能が果たされると言われています。”Peter fährt im Sommer nach Japan.“といった文では、「誰が?」「いつ?」「どこへ?」「本当に?」といった異なる問いかけに対する答えはアクセント位置に影響を与えます。

 

――ドイツ語を学ぶ際に、どんなことに注意しなければいけないのですか。

 

新倉 ドイツ語を学ぶときは、もちろん文法、語彙、言語の規則性といった言語自体の知識を身に付けることも重要です。しかしそれ以上に、日本語では今までこういう場面ではこの言い方をしていたのに、ドイツ語ではこう表現する、ドイツではこういう習慣があり、その場合にはこの言い方にするとうまくことが運ぶ、といった具合に、ドイツ語を通して今まで自分が体験してきたこととは違う経験をし、別の見解に触れるのです。今まであたりまえだと思っていたことが、このように異文化を体験することにより自分の持っている知識や世界観の幅が広がるのです。言語としての知識と世界的な知識を一体化させ、自分の発言が適切に伝えられるようにすることが重要だと思われます。

 

――その他に勉強する上で何か重要なことはありますか。

 

新倉 そうですね。自分にあった学習法を自ら発見することも重要です。今までの受験勉強とは違い、文法や表現を勉強するだけでなく、ドイツ語を学習する時は実際に使うことを想定して身につけることが重要です。是非ドイツ語は声に出して、他の人とおしゃべりをして学んでください。聞き取りもCDを活用して毎日聞きましょう。ある一定時間以上聞き取りをしないと理解できません。また、文章を読むときも背景としての知識を動員し、内容といわば対話しながら読みましょう。言語を身につけていく過程で自分の世界を切り開いていき、効果的な方法を発見することです。

 

入門的な参考文献

 

音声学・音韻論

窪園春夫(1998):「音声学・音韻論」、くろしお出版

田窪行則他著(1998):「岩波講座言語の科学:2音声」、岩波書店。

Dacenport, M. & Hannah, S.J., 1998, Introducing phonetics and phonology, Arnold.

Hall, A. T. (2000): Phonologie: Eine Einführung, Walter de Gruyter.

Kohler, K.J. (19952): Einführung in die Phonetik des Deutschen. Erich Schmidt Verlag.

PompinoMarschall, B. (1995): Einführung in die Phonetik. Walter de Gruyter.

Schwitalla, J. (1997): Gesprochenes Deutsch, Erich Schmidt Verlag.

Wiese, R. (1996): The Phonology of German. Clarendon Press.

 

ドイツ語教育

Huneke, H.-W & Steinig, W. (1997): Deutsch als Fremdsprache, Erich Schmidt Verlag.

Helbig,G.;Götze, L;Henrici,G; Krumm,Hans-J.(Hg.) (2001): Deutsch als Fremsprache- ein internationales Handbuch HSK.19, Vol.2, Mouton de Gruyter.

Jung, U.O.H.(Hg.)(19982):Praktische Handreichung für Fremdsprachenlehrer. Lang.

Neuner, G.(1993): Methoden des fremdsprachlichen Unterrichts. (Fernstudieneinheit 4), Langenscheidt, Berlin.