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卒業生からのメッセージ


英文学科の卒業生の進路は、商社、航空、新聞、出版、広告、保険、銀行、製造、大学、研究所、ホテル、デパート、鉄道、旅行、法律、電気、通信、その他あらゆる業種にわたっています。一般の企業に次いでは、教員、国内外大学院進学という学生も多くます。そんな卒業生の声を集めてみました。

1981 年度卒 岸本佐知子 ( 翻訳家 )
この仕事をしていると、たまに「どうすれば翻訳家になれるのですか」と訊かれることがあるのですが、これは「どうすればハイジャックに逢えるのですか」という質問に答えるのと同じくらい難しい。というのも、医師や教師になるのとちがい、これといって決まった道筋があるわけでもなく、私や周囲を見回しても、あれこれ寄り道したあげくにひょんなきっかけから、というケースがほとんどだからです。とはいえ振り返ってみると、大学時代に別宮貞徳先生の翻訳の授業を取ったことが、その後の私の人生に大きな意味をもったことだけは、まちがいありません。翻訳と英文和訳のちがいもろくにわからず、ただ何となく面白そうだからという理由で選んだそのゼミで、私は翻訳というものの難しさ、厳しさ、奥深さに初めて触れ、大変なショックを受けたものです。(別宮先生はご自身も翻訳家であるだけでなく、雑誌に「欠陥翻訳時評」を連載なさっていて、世の翻訳家たちから恐れられ尊敬される大変な方だったのですが、当時の私はそんなことも知りませんでした。)その後いったんは企業に就職したものの、気がつけばこうして翻訳の仕事をしているというのは、やはりあの時、目の前で一瞬開かれた扉の向こうの世界が忘れられなかったからにちがいなく、今も丸の内線で四ツ谷を通るたびに、軽く頭を下げずにいられない私です。

(岸本佐知子さんの訳書: スティーヴン・ミルハウザー 『エドウィン・マルハウスーーあるアメリカ作家の生と死』、ニコルソン・ベイカー 『室温』など、ほか多数。)

1975 年度卒 諸田玲子 (作家)
英文科を卒業してなぜ時代小説を書いているのか。必ず訊かれる。なぜ、と言われてもなあ。そもそも英語が好きになったのは、中学校の教科書のジャック&ベティーの話がホームドラマみたいで楽しかったからだし、そのあとはただ物語が読みたい一心で……。でも上智はよかった。ミソロジーからシェイクスピア、アメリカ演劇まで好き勝手に学んだ。自由な雰囲気がいい。卒業後は外資系企業へ入社、五十回ほど海外へ行ったら、突然、時代小説を書きたくなった。芥川龍之介も直木三十五も志 賀直哉も夏目漱石も英文科卒(もしくは中退)だって知ってる? 敵を知らずんば己を知らず。異文化に接してはじめて自国の文化が愛しくなる。というより、今はもう自国も他国もないのかも。「たそがれ清兵衛」や「壬生義士伝」や「ラストサムライ」に涙した皆さん、英文科で学ぶべし。

(諸田玲子さんは、2003 年、『其の一日』で第 24 回吉川英治文学新人賞を受賞。そのほかにも多数の著作があります。)

2000 年度卒 梁川和権 (サン・マイクロシステムズ 営業職)
文学とは、どのような学問だと思いますか。本を読むことによって、どのようなことが学べると思いますか。
本を読むとは、自分自身と対話することと学びました。Imagination を活かして、 いろいろな物事を考え、それらに対して疑問を抱き、その都度自分自身と対話してみて下さい。解決できない問題があれば、自分なりの考えをもって先生に相談して下さい。一緒に考えてくださる、素晴らしい先生がたくさんいらっしゃいます。本を読むことを通して本当に多くのことを学べる、非常に贅沢な時間の使い方ができる四年間です。最高に恵まれた環境の中で、いろいろなことにチャレンジして実り多き学生生活を過ごして下さい。
最後に、上智大学英文学科卒業生の一員であることを心から誇りに思っています。

2000年度卒 水野理紗(声優、『メダロット魂』(テレビ東京)などに出演)
振り返ってみると、英文科で学んだこの4年間は「言葉」というものにこだわり続けた4年間だったと思います。
作品に取り組む時はいつも、言葉一つ一を丁寧に追究し、それに対する考えを自分の言葉で表現するというプロセスを重ねてきました。その積み重ねが今、声優という仕事をする私の大切な糧となっています。なぜなら、この仕事においても、言葉に対する敏感さや、表現力といったものが求められるからです。
さらに英文科で学んだということが、これから先の仕事の幅を広げてくれることと思います。海外の番組の吹き替えなどに携れるようになった時、元の英語での表現や文化的背景を少しでも理解した上で取り組めるわけですから。
英文科での 4 年間は、たとえるなら、自分の土に養分を蓄えた期間でした。今は小さな芽ですが、これからその養分を糧にして、精一杯その芽を育てていきたいなと・・・。ちょっと英文科らしく(!)詩的に考えたりしています。

1999 年度卒 濱田美里(料理家)
文学は、何かに直接「役立つ」ものではありません。しかし、いやそれだからこそ、ただただ「感じる」ことに時間を費やすことのできた幸せな4年間でした。大学へ行くと、毎日毎日飽きることもなく、本や映画や音楽の話をしていたものです。大きな休みになると、いろんな国に出かけては、初めてのものに触れてたくさんショックを受けました。自分にもあらわしたいことがあって、うずうずしていた時期でもあります。好きだった料理でライブ(のようなもの)を開こう、と思ったのが4年生の時です。レストランを厨房ごと借りきって、パーティを開きました。味も音もことばも全部味わって欲しかったのです。料理の道にそんなふうに入れたのは、文学部にいたからこそだと思います。今は、パーティ料理や、本や雑誌用の料理を作ったり、地方のおばあさんに郷土料理を聞き歩いたり、文章を書いたり、と食まわりのいろんなことを仕事にしています。卒業してからの現実生活を、あの頃の「無駄」な毎日が、ゆっくりと深めてくれているように思います。あんなにも感覚を思いっきり開いて4年間を過ごせたことは本当にラッキーでした。文学部にいられたことは私の誇りです。

1996年度卒 黒澤政子 (NHK 出版)
上智大学を卒業して、私は編集者という職業に就いた。私にとっては、この仕事をしていく上で、英文科での3年間が基礎になったと思う。英文科のゼミや卒論においては、英文学という範疇に分類されるものならば何でも自由に研究することができた。しかし、何でも研究することができるということは、自分で研究テーマを見つけなくてはならないということでもある。英文科の教授陣は、学生をみな大人として扱ってくれるので、研究テーマを与えることなどはしない。論文の方向性で悩んだときも、答えなど教えてくれない。教授との話し合いから、解決方法を見つけてきた。これこそ高校までのお仕着せの勉強とは違う、大学本来のあり方だと思う。企画の見つけ方や企画の具現化に向けてのアプローチ法など、今の仕事の核となる多くの部分を、私は英文科で学ぶことができたと感
じている。

1997 年度卒 堀口 佐知子
( 英国オックスフォード大学大学院 社会人類学専攻 博士課程 セントアントニーズカレッジ所属 )
現在は英文学とは直接関係のない日本社会の人類学的研究をしていますが、在学中英米文学を通じて英米文化の背景を勉強していたことが、異文化、そしてその鏡としての自文化に対する興味を持つきっかけとなり、今、日本社会への欧米の視点を理解するのに役立っています。留学先では、アカデミックイングリッシュの勉強をしたことがなく苦労する日本人が多い中、私は、英文学科1、2年から英語による授業に親しみ、少人数授業で英文購読や論文の書き方、プレゼンテーションの基礎を習得する機会に恵まれ、すんなり勉強に入っていくことができました。英文学科での面倒見のよい先生や、好奇心が強く成長しあえる友人との出会いは、大きな財産となっています。

1998年度卒 齋藤智之 (外務省国際情報局専門分析員)
「英文学がオモシロイはずがない。」その英文学科の教授は言い放った。「何世紀も昔 の、しかも異なる文化を生きる人々がオモシロイと感じたものを、現代の日本人がオモシ ロイと思うわけがない。」そして、彼は英文学のツマラナさとは何かを、オモシロおかし く説くのである―。
ささやかなショックだった。ただ英語が好きだから、というおよそ平凡な理由から入学し て以来、英文学とはツマラナイものと決めつけていた自分の憤り、イライラ、やるせなさ を氷解させる、そんな一言だった。
上智の英文学科を形容する言葉は、数多くあるだろう。だが、ここで特筆したいのは、そ の「自由」な精神である。日本広しといえども、高尚な英文学の世界をオモシロくないと 一刀両断しちゃう教授のいる英文科は稀だろう。そのくらい上智の英文学科は、自由の気 風に満ち溢れている。そして、学生も然り。何を勉強しようと、どんな課外活動に明け暮 れようと、留学しようと放浪しようと、どこへ就職しようと、すべてが自由であり、自己> 責任である。つまり、そこには「大人の世界」があるのだ。
卒業後、アメリカの大学院に留学して、国際関係とか安全保障を専攻した。そしていま、 ふと気がつくと、曲がりなりにもこの分野でメシを食っている自分がいる。それもまた、 自由なのである。

1992 年度卒 西山喜久恵 (フジテレビアナウンサー)
上智での大学生活は、ズバリ楽しかったと言えます。勉強というより、ほとんどサークル活動(ダンスのサークル)にはまってしまった私は、日々ダンスの練習に明け暮れていました。よく練習着のまま、授業に出ていたりもしました。お恥ずかしい事に、「論文というものは、こう書くんだ!」と手ごたえを感じたのが卒業論文。(あまりに遅すぎる、、、。)
こんな私が卒業できたのは、ひとえに英文科の先生方の理解があったからこそだと思います。大学時代に過ごした時間は、勉強であれ、サークルであれ、とても贅沢な時間でした。あんなに自由に自分の意志で時間を使えるなんて、もう2度とない事なのではないでしょうか。もし、もう一度あの四ッ谷のキャンパスですごせるなら、、、。また同じ事をくり返すような気がします。なぜなら、あの贅沢な時間を、思いっきり贅沢に使えたと自信を持って言えるからです。