生と死―消えてゆく境界線―

町野 朔(上智大学教授 刑法)

 T      脳死と「死」――臓器移植法は決着をつけたか

 お手元にあります臓器移植法というのは平成9年にできたものです。6条の2項を見てください。脳幹を含む前脳の機能が不可逆的に停止したときに脳死とし、それから臓器の摘出を決めるとあります。しかしこの法律にもかかわらず、脳死を人の死と認めたものかということが、極めて疑わしいものとなっています。ご存知と思いますが、その点について申しますと、6条の1項のところに、「脳死体」ではなく、「脳死したものの身体」という言葉になっています。身体というのは、もともと生きている人について使う法律用語です。そして、その者の「家族」という言葉もあります。普通、死んだ人について家族とは言いません。「遺族」というのが普通なのです。前の原案の方では、脳死体の遺族ということになっていたのを、脳死を人の死とすることを断定しないということで、このようにしたわけです。   

 さらに、6条の2項の文言を後でお読みいただけるとわかりますが、まるで移植用臓器の摘出目的の時にだけ、脳死を人の死とするかのようにみえます。それ以外の時は、脳死は人の死ではないかのようです。つまり、摘出目的の時だけ、脳死が死になる、と読めるわけなのです。

 それから、6条の3項ですが、それをご覧頂きますと、本人が同意していたとき、そして家族がそれを拒まないときだけ脳死判定ができる、と書いてあります。それはまるで死を選択する権利を認めたかのようです。「私は脳死がいい」あるいは「脳死がいやだ」ということを認めた、ということになる。そうすると「いやだ」と言った人には、あるいは「遺族には心臓死がその人の死になる」ということになります。そして、下の段をご覧頂くと附則の4条ということころがありまして、眼球と腎臓についてだけは心臓死の時だけ可能であると書いてあります。つまり角膜を取るために必要な眼球と、腎臓については心臓死の時には遺族の承諾だけで提供しうる、ということです。脳死一般の場合については、本人の承諾がなければ摘出できないというのがこの法律のたてまえになっています。しかしそうすると、これまで角膜および腎臓移植に関する法律の時には、遺族の承諾だけで摘出できたのが、それではできなくなってしまう、これでは困るというので、このような経過規定を置いたということになります。これによって、脳死は移植の時にかぎって、法律によって、人の死とされたということだけであって、完全な死である心臓死とは違うのだというように読める、ということになります。

 札幌医大の移植事件は昭和43年8月に起こりました。これは極めて悲惨な事件でしたけれども、それ以来、日本人は人の死とは何か、移植医療とは何かをずっと考えつづけてきました。それから30年が経とうとしたとき、平成9年に成立した臓器移植法は一つの決着であったようです。しかしこれは以上のように見ますと極めて不明確なものでもあった。脳死、臓器移植問題というのは倫理的にはおそらく終わっていない、そればかりでなくてかえってこの法律によって混乱を生じさせたように思われます。そしてそのような中で、小児臓器移植を中心とした法改正の議論が行なわれなければならなかった、というのが現状なのです。

U生と死――境界線はきえていないか

 レジュメの2の方に入りますが、今言いましたとおり、臓器移植法では脳死は人の死そのものではないようです。脳死は目的によって死であったり、死でなかったりするようです。関係者の選択によって、死であったりなかったりする。そしてこのような考え方の背後には、「脳死は死と認めていい状態ではある」というものがあります。しかし、「死そのものは存在しない」、「脳死そのものは死ではない」、という考え方があるようなのです。人々は、一定の目的によって、そして一定の手続きによって、脳死を人の死とすることは許されているのであり、生と死の境界線もこの限りでは相対的である。絶対的な境界線は存在しない、ということになります。これまでの伝統的な考え方は、生きている人からは、移植の為に心臓の摘出をすることは許されない、死体からはそれは許される、というように、生体、死体ということに対応させた施行を取っておりました。しかし、死自体は存在しない、と今のように考えれば、どういう時に死とするかが問題である、ということになります。そしてこのような論理、今のような対応、死体、生体と何かを対応させる考え方はあり得ないということになります。臓器提供は許されないとすべきだから、これは生きているのだと、許されるとすべきだから、それは死んでいるのだと、という論理が取られるということにもなりかねません。ここでは、生、死という概念が本来持っている極めて重い意味(最高裁の死刑合憲判決によりますと、生というのは、人間の生命というのは地球への思い、という具合に書かれていますが)、このような非常に重い生と死というものが移植目的というテコによって軽々と持ち上げられていると言えます。心臓移植を認めるべきだから、公的脳死判定を受けた人が死者としてよい、というような法の態度というのはまさにそのようなものであるという具合に思います。

 このように何が許されるかが決定的だとする以上、死の概念もさほど重要視する必要のないことになります。脳死は人の死ではないから、脳死者は生きている。しかし、移植のためにその心臓を摘出して彼を死、つまりこの立場から言いますと(心臓死だけが死だとする立場)、死に至らさずとも違法ではないという違法阻却論というのがかつて非常に強くあったわけでございます。

脳死臨調における梅原氏などの少数意見がそうでありますし、日本弁護士連合会という法律家が作った対案もそのようなものであります。さらに国会で提案されました金田案、猪熊案というのもこのようなものでありました。そして現在の臓器移植法は実はこの論理を認めたものだと。つまり脳死は生きているけれども、その人から心臓を取っても許されるのだという理解もあるようでございます。ここで、臓器提供者の生きる権利は、つまり脳死者の権利というのは、生きているといたしますと移植医療の中で相対化され背後に退けられているということになります。違法阻却論は、つまり死の重みを考慮した、と。脳死というのは死とは言えない、しかし生きる権利、生の重みには殆ど意を用いなかったというものでございます。これは言葉の問題に留まるものではございません。脳死者が生きているとしながら、しかし彼を殺して移植用の臓器を摘出していいという論理というのはかなり衝撃的なものであります。そしてもっと衝撃的なのは、これを衝撃的と思わない人がもっといるということです。

ところで、本人の書面による承諾がなければ臓器の提供は認められないという現行法の態度は、そしてこれによりましてご存知の通り、小児の心臓移植が実際問題不可能となっているというのが現在でございますが、この違法阻却論からもともと主張されたものであったということに気をつけるべきでございます。つまり、生体肝移植など生きている人からの臓器の提供は本人の承諾に基づかなければならない。脳死者は生きているのだから、本人の意思の表明がなければならない、というものであります。これはかなり早い段階で脳死と、それから心臓死と区別して議論していたある案などにはこのようなものが明瞭に出ております。従ってこの立場、つまり違法阻却論の立場からは、死であることの疑いのない心臓死のときには、このようなことは用件とはならないと。つまり本人がイエスと何も言っていなくてもかまわないと、そして脳死のときだけこれが必要だと。なぜかというとそれは生きているからだということになります。

このような最初の違法阻却論がしばらくみんな忘れたにもかかわらず、それが残っているのが現在の法律だということでございます。もし論理に関するならばつまり、脳死は人の死であることを一応認めた上で、そして死者の権利としてこれが必要だと言うなら、実は心臓死でも、そのときはそうでなければいけない。付則の4条というのは、これはおかしいということになるということになります。つまり心臓死の時に、腎臓と角膜を摘出するときは本人の承諾はいらないということでございます。

以上のように輪郭におきましてもその内容におきましても生と死の境界線はぐにゃぐにゃになっていると。ついには消えつつあるように見えます。皆これは奇妙なことに思えなくなってきた。この経緯には極めて興味深いものがあります。そして私もいつかこの問題を書いてみたいと思っています。しかし今日は時間もありませんので先を行きまして、このような考え方がそもそも倫理的に成り立ちうるのか、ということを見てみたいと思います。

V        臓器移植法の改正問題――おぼろな境界線は美しいか

法改正の是非とその内容に関する激しい論争というのは、このような法律の態度をどう考えるかと分かちがたく結びついております。ローマ数字の3のところをごらんいただきますと、ここにいくつかの立場というものがあります。(1)法実証主義的立場というのは、法律があるから、これはこれでいいという考え方であります。しかしこれは取ることはできない。そして次の(2)価値合目的主義というのは、この法律の立場というのがいったい正当なのか不当なのか、正当だとするならば、これはこのままでいい、しかし不当だとするならば何かしなければいけない、と。ある場合には法改正も必要になるかもしれない、という考え方であります。おおむねこの二つの流れがあったと思われますが、現在ますます有力になってきているのは、この臓器移植法を肯定的に評価する立場でございます。その中で(3)日本文化固有論というものがかなり強いわけであります。つまり、本人、遺族、家族、これはみんなが認め納得している範囲でだけ脳死、臓器移植を認めると、これがこの法律の主旨なんだと。これは日本人の国民性に最も合致したものであると。この法律は極めていいものだと、だからこの臓器移植法の基本的態度を変更することは絶対ゆるされない、という考え方であります。これは、日本に固有だということで、この臓器移植を評価する立場ですが、同じように臓器移植法の基本的態度を肯定的に評価しながら、日本人の国民性に合致するということだけにとどまらず、世界に発信すべき優れた精神であると考える、考え方であります。後の、森岡先生のサブタイトルは、世界に発信すべき・・・というのがありますが、もしかしたら恐らくこのような考え方かなと思います。

このような立場というのはこれに関する法改正の立場というのは、つまり今のような日本の価値に反するようなものは行なうべきではないとしますが、同時に国際的にも日本に学ぶべきことを主張します。日本の法律と基本的に異なっているのが、外国の臓器移植法であるということは周知のことでございますけれども、日本文化固有論はこれを変更せよ、と外国に忠告することまではしない、と。ただ、日本には日本のやり方があるのだからほっといて欲しいというだけです。しかし、今の日本文化普遍論というのは、遅れているのはむしろ外国で外国がわれわれに学ぶべきだとするわけでございます。また日本文化固有論というのは、日本法のもとでは小児心臓移植は不可能なため渡航移植をするということになりますけれども、その人たちの行動を非難したり、あるいは阻止しようとはいたしません。しかし日本文化普遍論を一貫すればこれを行なうべきことになります。脳死を人の死とする外国の態度は誤っているといたしまして、外国で反対運動をするために渡航する医者の話しというのは加賀乙彦氏の小説『生きている心臓』の中にも登場いたしますが、これは十分ありうる話しでございます。日本の臓器移植法を積極的に世界に発信すべきだという人は実のところかなり多いらしいのです。その中には現に、死者が生前に臓器提供の意志を現実に表示していないのに遺族の意志だけでそれを行なえるとするのは外国の法律ですが、その外国の法律は人間の尊厳に反しているのだ。そのような人間の尊厳に反している外国の法律、たとえばオーストラリアやアメリカに行って、そのような法律によって移植手術を受けるということも不当なのだと。だから渡航移植というのは反対しなければならない、という人も現にいるわけです。

W合意の得られる範囲での臓器移植――日本から発信すべきほどのものか

私は日本文化全体というのはかつて言われたようにシェームカルチャー、恥の文化という具合に排斥しようとも思いません。しかしながら、これはやはりよくないと思います。かつて尊属殺人罪の合憲性が問題になった最高裁の判決が次のように言ったことがあります。尊属殺は違憲だという考え方は原審の判決であったわけですけれど、それは子の親に対する報恩の情、親子の情という自然的、いわば普遍的価値というものを抹殺するものであると、このような考え方は「浴湯とともに赤子を捨てるものである」という具合に言ったわけであります。しかしこれに対しましては、おそらくそういうことではなくて逆なのだろうというわけです。今の最高裁の判決に対しまして平野龍一という高名な刑法学者は、この最高裁の判決というのは「我が子を愛するあまり濁った浴湯を捨てるのも拒むことである」と言って痛烈に批判しました。わたしは今、臓器移植法についても同じことが言えます。臓器移植法に関する日本文化固有論、あるいは日本文化普遍主義という考え方というのは、まさにそのようなものだと思います。日本文化普遍論は更に言うと、外国の赤ん坊を日本特産の濁った浴湯に投げ込むようなものだと、そういう具合に思います。私は日本は神の国だとは思いませんし、Japan as No.1という国粋主義者ではありません。大切にすべき赤ん坊、我が子とは言うまでもなく、人間の生命、人間の尊厳、いのちの大切さでございます。そして濁った浴湯とは、生と死の重みを理解せず、その境界線をあえておぼろにすることが赤ん坊を大切にするゆえんだと考える態度だと思います。生命の尊さ、死者の尊厳というのは、生と死を正面から見つめ理解するところからはじめて明らかになるものであります。このシンポジウムのテーマであります、「いのちと死をみつめる」まなざしというのはもちろんやさしくなければならない。しかし、それは曇っていてはならないわけです。まして目をそらしてはならない。今たしかに鏡の中にいるようにおぼろなのだろうと思います。いつかは顔と顔とを合わせて見ることもあるということです。しかし、おぼろであることに満足してはならない。やはり正面から見なければならない。生と死の輪郭、意味をあいまいなままにし、ただいのちと人間の尊厳だけを説き、皆が納得するところで折り合いをつけようとする曖昧模糊とした汚れたぬるま湯の中では、おそらくはO157もたくさん繁殖し、子どもは病気になる、それだけでございます。

臓器移植法における脳死判定の同意権あるいは拒否権の考え方はさきほど本人が脳死に同意してなければ脳死を死と認めなければいけない。あるいは、家族が拒否したときはできないのだという考え方は、一方的に死を宣告することは本人の人としての尊厳を害することであるという考え方なのかもしれません。しかし死んでいる人を死者として扱うのはむしろ正当なことでございます。もし脳死が人の死でないとするならば、本人がいくらいいと言ってもやっぱりその人を殺してはいけないと、これは常識だろうと思います。いのちある人間を人間として大切にし、死者は死者として遇することが、個人を尊重し生命の尊厳を守り、いのちを大切にすることでございます。われわれは死者を悼みその思いを胸に起こし涙することがあります。われわれは死者が死んだからといって簡単に忘れることはいたしません。しかしわれわれは彼が死んだから彼の死を悼むのです。彼の死を認めることが彼の人としての尊厳を害することには到底ならないということです。あるいは本人が脳死を選択していない以上、本人は生きているのだというのかもしれません。しかし死は本人の選択に任されるにはあまりにも大きなものです。本人が脳死でいいからと言ったから、脳死は彼の死である、と。本人が嫌だと言ったから心臓死にしようと、いうことではありません。死が個人の選択すべきことであるとするならば、言ってみますと、死というものを、食後にコーヒーにするか紅茶にするかというような軽いものだと考えていることだと思います。人の死とは彼がこの世と別れを告げ、人々もそれを見送るという厳粛な事実でございます。死の概念を本人の選択に任せることは、言わば本人の権利を主張したように見えますけれども、極めて軽いものだということを認めるようなものであります。そして、死概念の不統一を招く。ある人にとっては脳死が人の死である、他の人にとっては心臓死がそうだということが批判されますけれども、これくらいだったら恐らくはなんとかなると。しかし死の意味を理解しない倫理的な軽薄さというのは、どうしても取り繕うことができないように思われます。私はまた幽霊あるいは亡霊に出会ったことはありません。しかしこの世に思いを残し、自分はまだ生きているのだ信じている自縛霊かなんかに、あなたはもう死んでいるのだと成仏してくれと言うことは個人の尊重の精神に反していると、人間の尊厳を害することだと到底思えないわけであります。人々はまた、愛する者の死を受け入れられないことがあります。あるときには悲しいことですし、あるときには美しいことでもありましょう。しかしそうだからといって、他人が彼の死を前提として行動することはゆるされない。彼が法的に死亡したことを不当だということではございません。肉親の死を受け入れられるように彼にカウンセリングすることが倫理的にゆるせないなどいうことは到底ないわけであります。私には、そうだ彼は死んでいないのだと言って慰める事の方が反倫理的であるようにおもえます。それでも臓器移植法はこのような態度をとったのは、本人も家族も脳死でいい、その段階で臓器を提供していいと言っているのなら、その範囲で脳死、臓器移植を認めていいのではないかという考え方があるのだろうと思います。そしてこれが日本的美徳、争いを好まず和を求める態度だと考えられているのかもしれません。

次にお話になります森岡先生の興味深い『脳死の人』というのが1989年に出ておりまして、またロビーで売っているようでございますけれども、これは脳死の倫理問題というのは脳の動きのとまった人に関係者がどのように関わるべきであるかということが問題になるべきであり、脳死とは何か?というのでは問題の本質は見えないという考え方でございます。ここにも脳死が人の死かどうかを直裁に決めるのではなく、関係者によって決められるべきことがらである、皆の意見が一致すればそれでいい、それが自己決定権の尊重だという考え方が見えます。

かつての社会的合意論の中には、社会を世論と同一視しまして、世論が脳死を人の死と認めればそれでいいという、言ってみますと「赤信号みんなで渡れば怖くない」という古いギャグのようなものが見られました。特にこれは一部マスコミの論調のようでもありました。しかし、そもそも社会的合意に反する死の概念が認められないというのは、移植のために必要だという医学的理由から死の概念を動かすということを拒否するとともに、断固として、社会の文化に合致した死の概念を求めるというものでありました。それは、和田心臓移植事件から常にこの問題を見つめてこられたこの会場にもお見えになられている唄孝一博士によりますと、volonte generalであると、言わば「国民的総意」と、また高名な民法学者である星野英一先生によりますと、それは「社会通念」であると、そしてアメリアカ大統領報告書ではsocial conventionということになります。そしてこれらを目指すものであったわけです。社会=世論とする社会的合意論は、言ってみますとその矮小化であったのです。そして今のように関係者、本人、遺族、家族の合意によってそれで足りるという考え方は、言わば国民世論を関係者たちにサイズダウンして、さらに矮小化したものにすぎないと思います。しかし関係者が同意しているならそれでいいという形に矮小化された社会的合意論は、自己決定権の議論というのは、法律家の中でもかなり強かったというように思います。むしろ一般的だったのではないかと思います。

ふたたびここで民法学者加藤一郎博士に登場していただきたいと思いますが、その加藤先生という方は社会的合意というのは実態のない蜃気楼みたいなもので、それに寄りかかる社会的合意論というのは自分の意見を言わないで、何とか蜃気楼のとおりにすればいい、という言わば卑怯者の論理である。あるいは、全員一致でなければ何も決定してはいけないというムラ社会の論理であると激しく罵倒されました。しかし1988年、森岡先生の先ほどの本の一年前、に加藤先生が中心となってまとめられました日本医師会生命倫理懇談会の最終報告は実はこのような考え方を取っていたわけであります。それは、次のように言っております。「脳の死による死の判定を是認しない人には、それをとらないことを認め、是認する人には、脳の死による死の判定を認めるとすれば、それでさしつかえないものと考えてよいであろう。このことはまた、自分のことは自分で決めるとともに、他人の決めたことは不都合のないかぎり尊重するという、一種の自己決定権にも通じる考え方であるといえよう」。「わが国にも死後に臓器を提供して他の患者に役立てたいという善意の人に対しては、その意志を活かして、脳の死による判定を認めていけば、それによって臓器移植への道が開かれることになろう」。

ここには自己決定権を意見の一致のための道具として、関係者の合意を獲得するための手段とする考え方が示されています。唄先生などはこのような考え方に対して、自己決定権の考え方が思想の出番を誤っていると激しく非難されているわけであります。たしかに、自己決定権の考え方というのは、精神障害者にも自己決定権がある、すべての人にある、異なった権利rights to be differentというのを保障する権利である、そしてそれはどこまでも深い穴を医療的合意性に貫通させると、自己決定権はこのような革命的に激しいものであったわけであります。そのようなものはここでは姿を消しておりまして、みんな仲良くするための道具になっている、というわけです。森岡先生が臓器移植推進派と目されてきた加藤博士のこの文章を読まれたかは知りませんが、読まれていなくてこのようになったとするとそこには日本的な伝統が見えるようにおもえます。ただお二人の相違というのがもしあるとするならば、加藤先生は言わばおずおずとまでは言いませんけれど、それほど大きく主張することはありませんでした。しかし、森岡先生は自信をもって海外に発信すべきだと言っておられる点が違うと思います。

X        「美しい日本」と「あいまいな日本」、そして私

1994年のストックホルムのノーベル賞受賞記念講演がありまして、大江健三郎さんは、26年前に川端康成氏が言われました「美しい日本の私」というのを意識しまして、一緒になって美しい日本の私というのを語ることはしないと、「あいまいな日本と私」を語ったわけです。ノーベル賞受賞記念講演と上智大学カトリックセンター公開シンポジウムとは、舞台が全然違うことは私もわかっておりますし、また、森岡氏を川端康成氏に対応させることよりも、おそらく何千倍、何万倍も、私を大江健三郎さんと対応させることは無理であるということも、百も承知しております。そしてアジアに対する侵略の責任を背負いながら、ときとしてこれから目をそらし、国際協力、近代化へ邁進する日本のambiguityと、生と死のvagueな境界線とは、問題が違うことも十分承知しております。しかし、その倫理性を検討することなく、たとえば人工妊娠中絶を放任し、さらにはハンセン氏病患者たちを虐待し、そのようにしてきた日本を私は美しいとして発信しようとする意識は到底持てない。そして、この臓器移植法も実は同じようなものであります。私は本日のシンポジウムというのは、いのちと死をみつめるということを本当に正面から見据えるものとなってもらいと思います。ご静聴ありがとうございました。