ジョン・ヒリッカー著『カナダ外務省史:第一巻 初期の時代(19091946年)』

 

Reviewed by Kyouichi Tachikawa*

 

 

BOOK REVIEWEDJohn HILLIKER, Canada’s Department of External Affairs: vol. 1: The Early Years, 1909-1946 (Montreal & Kingston: McGill-Queen’s University Press, 1990), xxxii + 406 pages.

 

 

 

 

1867年のコンフェデレーションから120年が経ち、1931年の「ウェストミンスター条例」によって正式に外交権が付与され真の独立国となって以来、60年が過ぎようとしている今日、カナダではその公共行政機関の歴史を公式に振り返ろうとする試みが次々となされようとしている。このジョン・ヒリッカー著『カナダ外務省史』は初の公式なカナダ外務省史であるだけでなく、今後、刊行されるであろう諸公共行政機関史の先駆けとなるものでもある。

本書は、全二巻から構成される。ここで取り上げる第一巻は、1909年の外務省設置以前、コンフェデレーションの前後から、1946年にカナダ外務省が本格的に大臣を有することになる直前までの時期を対象としている。この時期はカナダが国家としての体系を徐々に整え、イギリスから自立していった時期である。また、外務省にとっても、初めは単に事務処理や資料保存のために設置されたものが、とくにOD・スケルトンが外務次官に就任して以降、次第に政府の政策立案に介入するようになり、第二次世界大戦が始まる頃までには政策立案になくてはならない存在となっていく成長の時期であった。第一巻はこのようにカナダという国家とその外務省が誕生し、成長していく様相をはぼ時系列的に記述している。(尚、現時点では未刊行である第二巻は、1946年からレスター・B・ピアソンが首相を辞任し、ピエール・E・トルドー政権が発足した1968年までを取り扱うこととなっている。)

第一巻は、3部から構成されている。第一部が1909年以前から1926年まで、第二部が1939年まで、そして第三部が1946年までとなっている。それぞれの部の区切りの年は外務省の設置(1909年)、「バルフォア宣言」(1926年)、第二次世界大戦の勃発とそれへの参戦(1939年)、外務大臣の誕生(1946年)というカナダ外交にとって節目となる重要な出来事が起こった年である。そういうわけで、これらの年を境に部分けをしたのであろう。しかし、各部の対象時期がそれぞれジョゼフ・ポープ(任1909年−25年)、OD・スケルトン(任1925年−41年)、ノーマン・ロバートソン(任1941年−46年)といった歴代の外務次官がその任にあった時期とほぼ重なりあっているのは、単なる偶然なのであろうか。

各部はさらに最短2年間から(コンフェデレーションから外務省の設置までを描いた第一章は例外として)最長12年間を対象とする章にわかれており、全11章によって第一巻は構成されている。第一部、第二部では各章とも、当該時期の外交上の出来事を概説史的に記述することに始まり、その後に同じく当該時期の外務省の機構の変化や発展の様相、たとえば、施設や職員の数、仕事内容、給与、職員採用にまつわるエピソード、海外公使館設置の際の苦労話などが、実に詳細に述べられている。第一章から第八章までは、おおむね、このように外交政策に関する記述と省内の様子を別々に描くというパターンで話が展開してゆく。第三部になると第二次世界大戦下の急激な変動を反映してか、上記のようなパターンは崩れ、外交政策と外務省の発展の様子が交錯して記述されるようになる。これは外務省が政府の政策立案に深く関わるようになったということのあらわれでもある。両者を切り離して論じることが不可能となったのである。

本書は公式の史書であることから、資料の面では、外交文書はもとより、外務省関係者の回顧録や日記、インタビューなどの一次資料を重用している。しかし、一方では、CP・ステーシーやジェームズ・イヤーズ、そして,JL・グラナツティンらカナダ史研究家の研究成果をも大いに活用するという柔軟な姿勢も見せている。

ここで本書を一読して気づいたことをいくつか述べてみよう。それらは良かれ悪しかれ本書の特徴といえることでもある。

まず第一に、本書が外務省についての歴史書であることからしてみれば当然のことではあるが、あくまで外務省を中心に記述がなされている。たとえば、1920年代以降、カナダはマッケンジー・キング政権下でイギリスから自立した外交政策を遂行したが、これまでの研究ではどちらかといえばキング首相自身がリーダーシップをとってそうした外交を展開したとされている。しかし、本書では、OD・スケルトンの指導のもとに外務省が積極的にカナダの独自外交を展開したのであるとして、議会で絶対多数を得ていなかったキング首相はどちらかといえば慎重、かつ、消極的な姿勢しか持ち合わせていなかったように描かれている。いずれの見解が真実であるのかを判断するには新たな研究が必要であろうが、外務省の立場から見るという視点を提供したことと、そうすることによって、これまで一枚岩的に考えられがちであったキング首相と外務省との意見の違いや意識のずれといったものが随所に描かれていて、読者の興味を掻き立ててくれることは本書の功績のひとつである。

第二に本書では国際情勢についてそれほどの紙数が割かれていない。外交を司る外務省について記述するのに海外の様子があまり書かれていないというのもおかしな話だが、本書の目的が外交政策を論じることよりも外務省という機構の歴史を論じることであるのでこういう結果となったのであろう。したがって、もし、外交政策を決定するうえで外務省がどのような関わり方をしたのかという点のみに興味をもって本書に接したとしたら、かなりの不満足を味わうであろうことを覚悟しなければならない。そうした欲求をある程度満たしてくれるのはおそらく第三部のみであろう。

第三に、本書は歴史書でありながら、起こった出来事や変化の歴史的意義や評価といったことについて全くといっていいくらいに触れていない。これは本書が公式の史書であるという意識から筆者の主観をできるだけ排除しようとしてなされたことなのであろうか。事実のみをどんなに詳細に綴っても、その歴史的意義や評価について全く述べないのでは歴史の書物としての面白さに欠けようし、多くの読者にとって不親切であろうとも思える。少なくとも政府の公式見解や学界における代表的な見方などを記載しておいても良かったのではなかろうか。

第四に、これはひいき目で読んでいるのかもしれないが、少なくとも大陸ヨーロッパ以上に日本を重視して記述がなされているように受けとれる。日系移民に関する「ルミュー協定」(これは外務省設置以前に成立)や在日公使館設置の際のヒュー・キーンリーサイドの苦労話(日本に公使館を設置したのは排日移民政策をとる英連邦諸国への日本人の怒りをやわらげるという目的もあった)、第二次大戦中の対日系移民政策や在日公使館員の受けた屈辱的な対応、戦後の日本占領においてカナダが果たした役割といった日加関係にとっての重大事件はもちろんのこと、満州事変や226事件、果ては日ソ間の東清鉄道売却問題といったカナダとは全く無関係であるだけでなく、日本の研究者でも余程のことがないかぎり関心を寄せないような問題にまで言及している。カナダ外交に大きな影響を与えたはずの第一次大戦後のイギリスのパワーの衰退や、ナチス・ドイツの台頭に関する記述が極端に少ないのと比べて、日本に関する記述が予想外に多いことには驚嘆する。今後の日加関係への期待のあらわれなのであろうか。

最後に、全体のバランスから考えて外務省の機構の面、たとえば、先にあげたような施設や職員の数、仕事の内容、給与、職員採用の際のエピソードなどに関する記述が余りにも多すぎるように思われる。確かに、本書は外務省という公共行政機関の歴史を描いた書物であるからして、それは当然のことであるといえるかもしれない。しかし、職員の数や仕事内容などは外務省の発展とともに拡大し、重要なものとなっていくのであるから良しとしても、職員の給与や採用試験の様子などを詳しく述べることにどれだけの意味があろうか。世界恐慌の時を例外として、給与が時代とともに増額していくのはあたりまえのことであり、それを詳しく論じることによって外務省に対する理解が少しでも深まっていくのであろうか。給与について書くのであれば、もっと他の行政機関やその当時の一般賃金などと比較するなり、物価上昇率を考慮するなりの工夫が欲しかった。ともかく、機構の面に関する記述も大切なことではあるが、第三部において比較的充分になされているような政府や政策立案と外務省との関わりについて、できるならば第一部、第二部でももっと紙数を割いて欲しかった。

本書はカナダの公共行政機関の歴史を初めて公式に記した歴史書であり、カナダ外交、および、カナダの行政機構について研究する際には必読の書となることは間違いあるまい。本書の事実に関する詳細な記述は、それに値するだけのものを充分に備えている。確かに先に述べたようないくつかの欠点はあるが、それは本書を手にする読者があらかじめ本書に記されている事柄の背景となる当時のカナダの国内情勢および国際情勢に関する知識をもち、それを意識しつつ読み進めることによって、また、問題意識を明確にして本書に接することによって補われることであろう。

 



* Kyouichi Tachikawa, a doctoral course student in International Relations, Sophia University, Tokyo